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「お前の方が全然分かってない。」
「……怒んないでよ。」
「怒ってねーよ!」
怒ってんじゃん…と萌志はつぶやく。
こんな付き合って次の日に喧嘩なんかしたくないのに。
「お前が、言うな。
あいつと一緒だなんて言うなよ!
萌志は違う!」
「……それは意見の押し付けだよ、暁。」
「押し付けてねぇ!
信じてねーじゃん、俺の気持ち。
分かってない!」
激しくかぶりを振って、ベッドに拳を鎮める。
悲しくて、悔しくて目の奥が熱くなる。
萌志に触れられても気持ち悪くなかった。
額にキスされても、ただただ嬉しかった。
萌志は怖くない。
あいつみたいに怖くない。
同じじゃない。
好きなのに。
ただ、「萌志」という「人間」に恋をしているだけなのに。
それを言おうと再び口を開いた。
その時、
「分かってないのは、暁だよ。」
地を這うような低音が萌志の口から洩れる。
俺を見た萌志の目は冷えていた。
穏やかな空気はどこに行ったんだろう。
力が抜けたように、ベッドに落ちた俺の手を萌志が勢い良くつかんだ。
抵抗しようにもそれは突然で。
ギシリ軋んだ音と共に、萌志がベッドに乗り上げる。
肩をグッと押されて、勢いよく後ろに倒れこんだ。
両手をシーツに縫い付けられる。
俺に馬乗りになった萌志が冷めた目のまま、俺を見下ろした。
「ほら、こんなに簡単に押し倒されてさ。
暁が前にされたようなこと、俺にされても怖くないって本当に言えんの?
この手を振りほどいて、殴って逃げれんの?」
「……っ」
掴まれた手には力が入らない。
グッと身を屈めた萌志がそのまま俺の耳元に口を寄せる。
「……ね、言えないでしょ?
俺も、そいつも
同じ欲を抱える、男だよ。」
囁かれた言葉にぞくりと背筋が震えて、何も言い返せなくなる。
萌志は、俺に欲情をする。
俺のトラウマになった原因の行為をしたいって、思ってる。
あいつと、同じ?
違う……それは違う。
怖い?
………怖い。
萌志が言いたいことが分かった。
シーツに押し付けられた、手が震える。
ぽろりと、目の端から1粒だけ涙がこぼれた。
それを見た萌志が息を呑んで、目を逸らす。
「簡単に、違うなんて言わないでよ…。
怖がらせたくない……って言っても、もう遅いかもしれないけど。
大丈夫だと思っていても、いざ土壇場で拒否されたら俺だって傷つくんだよ…。」
「こんなこと言うつもりじゃなかったのに」と、萌志は俺の上から退いて溜息をつく。
そしてもう一度口を開いた。
「だから、いわゆる恋人がするような行為が暁にとって難しいことなら
俺は別にそれでもいい。
暁の傍にいられるならそれでいいんだよ。」
……違う。
違うよ、萌志。
俺はお前とはフェアでいたい。
もらってばっかりじゃ対等じゃない。
俺を優先してお前が我慢するなんて関係で、これから続くわけがない。
見つめる天井が滲む。
キスもハグもそれ以上も、全部お前がいいのに。
今は怖くても、いつか全部ほしい。
萌志だから、許せるのに。
嫌だ。
お前じゃないと嫌だ。
「い、嫌、だ…。」
「……うん…。」
「ちがう…っ、俺、俺は————」
自分の言葉を伝えようと口を開きかけたその時、
コンコン
控えめなノックオンが聞こえた。
目を擦って上体を起こす。
ドアに向けられた萌志の横顔は強張っていた。
「暁?御波くん?大きな声が聞こえたけど、大丈夫?」
母さんの心配げな声が聞こえた。
感情的になって彼女がいることを忘れていた。
小さく鼻を啜って返事をする。
「…大丈夫。なんでもない。」
「そう?
あ、お父さんが6時半には家に帰るって言ってたから。
それまでには下りてきなさいね。」
「…………分かった。」
返事をすると部屋の前から人の気配が消えて、暫くして階段を下りていく足音が聞こえた。
部屋に静寂が満ちる。
萌志はまだ俺の話に耳を傾けてくれるだろうか。
顔を背けていて、表情が読めない。
でも先に沈黙を破ったのは萌志だった。
「暁、…………俺やっぱりここにいる資格ないよ。」
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