それから暫く、彼女と談笑をしていると 暁がまだ眠たげな顔をして、リビングに入ってきた。 ぼさっとなった髪の毛を手櫛で整えてあげているお母さん。 大人しくやられている暁。 その2人を穏やかな気持ちで眺める。 俺の家は共働きだから、小学5年生ごろには、まだ小さな弟と妹の世話は俺がしていて、 あんな風に母親に髪を撫でられたのは遥か遠い記憶。 それももう朧気で。 今となっては、俺の頭を撫でるのは暁だけだ。 母はもう俺が椅子に座らないと、頭に手が届かないと思う。 真昼と帆志が寂しくならないように、全力で補って。 2人が笑えば俺も嬉しくて、してほしいことはなんだって叶えてあげたかった。 まだ体より大きめなランドセルを揺らしながら歩く二人の手を繋いで歩いた河川敷。 時には、夕日で道に浮かび上がった影を踏みながら、競争して。 俺がしっかりお兄ちゃんをしないとって気を張ってたな。 ぬるくなった紅茶を啜りながらそんなことを考える。 イチゴの酸味を感じるそれは、次第に微かな苦みに変わって喉奥に消えた。 空っぽになった底をボケーッと眺めていると、隣が少し沈んで暁が座った。 「まだ眠そうだね？」 「ん……ねみぃ…。」 豪快に口を開けて欠伸をして、猫みたいに身体を反らせて伸びる暁。 そして脱力して背もたれに身を沈めて目を瞑った。 「いやいや、起きて？！」 「んだよ、寝かせろ…。」 「じゃー何で下りてきたの。」 「お前がいなかった、から……。」 薄っすら目を開けた暁が此方にこてんと顔を向けて、囁くように言う。 ほら、すぐそうやってかわいい事言って。 というかお母さん居るんですけど？！ おそるおそる視線を上げれば、暁のマグカップに紅茶を注いでいた。 大丈夫、見られていないし聞かれていない。 ほっと息をついて、横を見ると暁はまた寝始めていた。 コップを運んできた彼女は呆れたように 「ちょっと暁！起きて！夜眠れなくなるよ！」 ゆさゆさと暁をゆすると、眉間にしわを寄せた彼が渋々といったように背もたれから身を起こした。 でも目は閉じたままだ。 往生際の悪い彼に少し笑ってしまう。 もう、と不満げに言った彼女がふと外に目を向けた。 「あ、お父さん帰ってきた。」 暁の眼がパッと開けられる。 俺も窓に目を向けると、車のヘッドライトの反射が見えた。 一瞬で目が覚めたらしい暁は、不安げに俺を見る。 大丈夫。 にっこり笑って見せると、暁もぎこちない笑みを口元に浮かべた。 暫くすると、ガチャリと扉が開く音。 隣の暁の体が強張る。 せわしなく靴を脱ぐ音と「あっ」という声と共に何かが倒される音が聞こえた。 暁のお母さんは呆れたように首を振った。 たぶん傘立てを倒したんだと思う。 バタバタと廊下を走る足音。 そして勢いよくリビングの戸が開かれた。 「あっくん！！！！！」 はあはあと息を切らして入ってきた男性。 鼻の上のメガネがずるりと傾く。 暁もぽかんと彼を見ている。 というか……あっくん………。 ちらりと動かした視界の中に、額を抑える暁のお母さんが映った。