110 / 138
110 接吻ーきすー
髪を乾かして、部屋に戻ると。
扉を開けた瞬間に固まってしまう。
「もー……そういうところだって…。」
俺用の布団に寝転んで穏やかに寝息を立てている暁。
思わず顔を覆って、溜息をついた。
可愛い反面こういう無自覚な行動が憎らしい。
(修行かな?これは修行なのかな??)
何されても大丈夫ですよ~っていうサインなわけでもないだろうに。
とりあえず扉を閉めて、問題児に向き直る。
そこ俺の場所なんですけど。
あはは、寝ちゃったのか!仕方ない一緒に寝ようか~
なんてことになるわけがない。
「信用されすぎるのも、困りますよー…。」
呟いてみるけど、爆睡している彼に聞こえるはずもなく。
仕方ない。
一晩突っ立っているわけにもいかないし。
すよすよと、幸せそうに寝ている彼には申し訳ないけど。
布団の上に正座をして、暁の肩をゆすった。
「暁。」
「……。」
「ねぇ、おきて。
俺このままじゃ寝れないよ!」
「……。」
「もしもし?あっくん???あっく————ん!!!」
耳元でわざと喋れば、不機嫌そうに眉間にしわを寄せて暁が目を開ける。
「うるさい、あっくんって言うな……。」
「ごめんね。でも、寝るならベッドに行ってください。」
ビシッとベッドを指さすとそちらに気だるげに目を向けた暁が、のそのそと起き上がった。
でもそのまま、ぼんやりと俺を見つめて布団の上に座っている。
身体を横にして寝ていたせいで、右側の髪の毛がはねている。
眩しそうに眼をしばたかせていたかと思うと、コクリコクリと舟をこぎ始めた。
そして、ふら~っと横に倒れようとする。
「あーもう!駄目だってば!」
可愛かったからつい観察してしまっていたけど、慌てて抱き留める。
柔らかい布団にダイブするつもりが、収まったのは男の腕の中だったせいか
「んぅ…」と不満げな声が聞こえた。
何としてでも寝る気らしい。
でも俺も譲れない。
脱力した彼の膝裏に腕を通して、持ち上げようとする。
が。
暁は逆に俺の首にしがみついて、力の入っていない身体全体で体重をかけてきた。
「え?!ちょ、馬鹿…うわ!」
立ち上がる寸前だったから、バランスを崩してしまった。
どさりと柔らかい布団に押し倒される。
これを寝ぼけてやっているのなら、相当危ない奴だよ。
ずっしりとした彼の重みを全身で感じながら、ぼんやりと悟りを開く。
耳元では再び寝息が聞こえ始めた。
俺にこれをどうしろと。
何が正解なんですか。
再び起き上がって、無理やりにでもベッドに連れていく?
それともこのまま暁の重みに窒息する?
鼻先を掠める同じシャンプーの匂いに眩暈がする。
俺だって健全な男子高校生なのに!!!
こんな無防備な恋人を前に仏になれと?!
(無理!!!!!)
わっと泣き出してしまいたい。
片想いの時間が辛すぎて、こんな一気に幸せがきたら止まんなくなりそう。
だから一つ一つ大事にしようって言ってんのに!
(あ…部屋の電気もつけっぱなし……。)
葛藤しながらも、もはやどうでもいいことまで考え始める。
俺はもう全然眠たくない。
お腹いっぱいになったし、お風呂もいただいて
緊張の糸も切れて眠くなってきたところだったのに。
人を敷布団にして、夢の国に飛んでいるこのヤンキー。
許せん。
腹筋に力を入れて身体を回転させる。
暁を俺の上から横に移動させた。
ちゃんと頭を打たないように、後頭部に手を添えたのは俺の優しさ。
見えた寝顔にうっかり許してしまいそうになるけど、むにっとその頬を片手で掴む。
おねむの暁がこんなに厄介だとは。
「暁。君はここで寝るつもりなの?」
「……ん…?」
「ここで寝るの?」
「……ん…。」
くぐもった声で答えられる。
もはやちゃんと聞こえているのかも分からない。
適当に返事をしているんだろう。
「俺は?俺は、どこで寝ればいいの?」
ベッドは暁のお母さんが、帰ってきたときの彼のために用意したもの。
そこに寝ようなんて思えない。
それにしても、掛け布団の上にそのまま寝そべるなんて。
せっかくお風呂で温まっていたはずなのに、少し体は冷えてきている。
返事をしてくれないまま、暁は寝ているし。
しょぼくれた俺は、暁から手を放して立ち上がる。
とりあえず電気を消そう。
扉の横にあるスイッチを押して、溜息をつく。
もうこれ俺が悪戯しても、半分くらいは暁が悪くない?
いやいやいや。
暫く暗闇に目が慣れるまで立っていたけど、差し込む月明りを頼りに戻る。
ベッドの掛け布団を取って、暁にかけた。
そのままベッドに腰かけて、彼を見る。
冷えた布団の感触に暁が身を縮めた。
そして片手を布の上で彷徨わせる。
何か探すようなその仕草を目で追っていると、むくりといきなり身を起こした。
「……?」
きょろきょろと辺りを見渡す暁は、まだ目が慣れていないせいか
ぽふぽふと布団を叩いている。
何を探しているんだろうと、様子を見ていると小さい声が耳に届く。
「…萌志……いない。」
……。
え、なにこれ。
なにこれ。
めちゃくちゃ心臓痛いんですけど?!
キュンキュンする胸を抑えて、悶える。
すると、気配を感じたのか、くるりと暁が此方を向いた。
目を細めて、俺を見つめている。
「萌志…?」
少し不安げなその声に、思わずすぐ返事をしてしまう。
「なーに。寝てたんじゃないの。」
「……どうしてそこに座ってんだ。」
「なんでだろうね…。」
俺の返事に不満そうな顔をする暁。
あなたの身の安全の確保ですよー…。
俺がいないと思って起きた暁が可愛すぎて、もう思いっきり押し倒してキスしてしまいたい。
何回も高速でシミュレーションしては自分をいなす。
駄目だって。
溜息をついて、頭を抱える。
すると暁が布団をはねのけて、俺の傍にずるずると這い寄ってきた。
「もしかして体調が良くないのか?」
「いいや、全然。
俺はとても元気です。」
「?なら何でそこにいんの。」
ばかばかばか!
暁のせいじゃん!
指の間から暁をジトリと見下ろした。
「……暁。」
「何。」
「俺に襲われたくなかったら、大人しくベッドで寝てください。」
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!