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これは効果覿面だろう。 そう思ってベッドに移動するように指をさして促す。 けど、暁はぽかんと俺を見たまま動かない。 静寂に気まずさを感じる。 何、聞こえていなかったのかな? もう一回言ったほうが良い感じ? 「もしもし?聞こえた?」 「……れば。」 「ん?何?」 「……やれば、って言ったんだよ。」 キッと俺を睨む暁の顔は心なしか赤い。 というか、今なんて? 今度は俺がぽかんとする。 「な、なんで固まるんだよ…。」 「いや、衝撃的過ぎて、つい…。」 ええ~……そういうこと言っちゃう? 嘘でしょ、と頭を抱える。 暁は俺を煽るのがうまい。 ぎゅっと布団を握る暁を見る。 立ち上がるとギシリとベッドが軋んだ。 その音に体を強張らせた暁が俺を見上げる。 それが余計俺を煽る。 俺が布団に足を踏み入れると、飛び上がった。 ほら、めちゃくちゃビビってるくせに。 もうここまで来たら、やめろって言われるまでやめないでおこうかな。 後ずさるようについた暁の手を上から握りこむ。 意地でもやめろと言わないつもりなのだろうか。 そうじゃなくて、暁も俺が欲しいって思ってくれないと意味がないんだけどな。 意地張ってするもんじゃないでしょ。 でもそれは俺も同じな気がするけど。 するりと暁の腰に手をまわす。 グッと身体を近づけると、ごくんと暁が嚥下するのが見えた。 紅潮した頬に手の甲を滑らせて円を描くように撫でる。 ピクリと体を揺らした彼だけど、俺の目を睨むように見たまま逸らさない。 緊張でできた眉間のしわ。 それを見て呆れ気味に笑うと、さらに彼の体温が上がるのを感じた。 頬を両手で包むようにして、少し持ち上げる。 何をされそうなのか察した暁が、思わずといった風に俺の腕を掴んだ。 「…やめる?」 「………は、はぁ?やめねー、し…。」 間があったんですけど。 「あ、そう。」 ゆるりと親指の腹で、その薄い唇を撫でる。 俺の腕を掴む手に少し力が入った。 あーあ。 俺なんでこんなことしてんだろ。 惨めになってきた。 瞬きを執拗に繰り返す、かわいい恋人。 唇を撫でるのをやめて、少し顔を傾ける。 咄嗟に顎を引く暁に、顔を寄せて 口づけたのはおでこ。 「……え…?」 間の抜けた声が至近距離で聞こえる。 唇を離して見れば、肩透かしを食らったような表情で俺を見上げる暁。 「あはは、ビビった?」 ぱっと暁から手を放して、おどけてみせると彼の顔がどんどん憤怒の色に染まる。 暁は枕をむしり取るとそのまま、俺の顔面にたたきつけてきた。 「いったぁ!」 「うるせー馬鹿!!!」 二発目の攻撃を試みる暁から身を守る。 顔をかばう俺の腕にバシバシと枕をぶつけてくる。 普通に痛い。 というか、なんで俺が責められてるの?! おかしくない?! 「待ってよ、おかしいって! なんで俺が怒られてんの?!」 「はぁ?!うっせぇ、ばーか! このっ、ヘタレっ、馬鹿っ!」 「馬鹿」を繰り返してやめない暁の腕を何とか掴む。 一階にいる2人に聞こえてんじゃないのかと心配になる。 ごめんなさい、すぐ静かにします。 「なんでやらねーんだよ!」 「何、したかったわけ?!」 「お前、俺で遊んでんだろ!」 「はぁ?!」 この意地っ張り、と言葉を続けようとしたけど、慌てて飲み込む。 暁の目元にじわりと滲んだそれを見て、一気に罪悪感が押し寄せた。 何も悪いことしているつもりはなかったんだけど。 仕返しすら許されないらしい。 えーん、さっさとしておけばよかった。 枕を抱えて黙ってしまった彼の顔を覗き込む。 「…もう、ちゅーしない?」 「……しない。」 「……そう。じゃ、寝よっか。」 ですよね。 あーあ。 きっぱり断られてしまった。 今度こそベッドに行ってもらわないと。 暁から枕を取ろうと手を伸ばしたら、逆に腕を掴まれた。 「……? 何、あかつ、きぃ?!」 グンと思いっきり引っ張られて、そのまま暁にダイレクトに突っ込む。 慌てて手をついて、抗議の声を上げようと顔を上げた瞬間 「ん、ぅん?」 唇に押し付けられた、ふにゅっとした感触。 それを理解しつつも、何が起こっているのか分からない。 しっかりと首の後ろに回された、腕と。 襟足の髪に絡みついた指と。 見開いた視界に映った暁の震える長いまつげと。 小さく吐息を漏らして、暁が腕の力を緩めた。 初々しさを感じる、ぎこちないキス。 俺からするもんだとばかり思っていたから、暁を見つめたまま言葉を失う。 彼は眉間にしわを寄せて、顔を赤らめながら口元を拭った。 月光で青白く照らされた、シーツに体を倒した暁はちらりと俺を見上げる。 視線が絡んだ瞬間、金縛りにあったように固まっていた体が動き出す。 「なん……なんで…。 しないって言ったじゃん……。」 「……うん。」 無意識なんだろうか。 俺の後頭部に添えられた暁の手がゆるゆると髪の毛を弄んでいる。 恥ずかしそうに下唇を噛んでいた暁が、ふと力を緩めると濡れた赤が視界に映った。 それがもう駄目だった。

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