114 / 138

114

その言葉に、悶えて叫びたい。 いや、叫ばんけど。 俺だって一番近くにいたい。 ずっとその隣に行きたかったから。 愛しい。 可愛い。 大事。 大好き。 「……怒ってないよ、萌志。 口移しだって、萌志ならやじゃねーよ。 だからこっち向いて。」 「な?」と優しく声をかけてみると、への字だった口元が緩んだ。 ホントに?と首を傾げる彼の手を握って、身を乗り出す。 少したじろいだ彼にそっと、もう一度唇を押し付ける。 薄目で様子を窺うと、しっかり目を瞑って受け入れてくれるのが見えた。 ちゅっちゅと啄むようにしてみると、ふふって萌志が笑う。 「萌志、お前かわいいな。」 「えぇ~?俺、男だよ。」 でも、まんざらでもなさそうに笑いながら、萌志は俺の首元に腕を回す。 そのまま抱きすくめられてしまった。 萌志に抱きしめられるのは、好きだ。 痩せて細い俺の体を抱きしめるとか、何が楽しいんだろうと思うけど。 いつだって俺を抱きしめる時は、宝物に触れるような手つきをする。 ゆるゆると俺を抱きしめたまま、揺れていた萌志が大きなあくびをした。 「もう寝る?」 「ん……。」 「一緒の布団がいい。」 「えー襲っちゃうかもよ~…。」 ふへへと変な笑い方をした萌志は、もう目を瞑っている。 俺を抱きしめたまま眠るつもりなんだろうか。 いや、いいけど…。 「萌志、ほら、布団の中行かねーと…。」 「……やだなぁ、あっくん、大胆…。」 冗談をかましつつも、俺が手を引っ張ると大人しく一緒に布団に潜りこんできた。 2人分の掛け布団を整えて、かけている間も俺の腰を放さない。 正直動きにくいけど、凄い顔がにやけてしまう。 (あ…枕…。) ベッドの上にある枕に端を掴もうと、寝かけている萌志の上に上半身を乗り上げる。 っつーか、ホントに離さねーなこいつ?! がっしり掴まれた腰のせいで届きそうで届かない枕に必死で手を伸ばす。 俺が身じろぎをすると、眉根を寄せた萌志が薄っすらと目を開ける。 ゆらゆらと俺を捉えた瞳がゆっくりと瞬きをした。 「…ん~…なに…あ、夜這い?」 「はぁ?!ばか、萌志が掴んでるせいで枕がとれねーんだよ!」 にやにやと笑っていた萌志は再び目を閉じていく。 腰に回していた手を、片方だけ解いてベッドの上から枕を取ってくれた。 「……はい、これでいいんでしょ………。」 「ん。」 しっかり抱きなおされた腰に苦笑いをしながら、萌志の横に寝転んだ。 1つの布団に育ちざかりが2人。 窮屈で仕方ないけど、萌志との距離が近くなるから嬉しい。 萌志が風呂から上がったら、いっぱい色んな話をしようと思っていたのに。 何でこうなったんだろう。 あ、俺のせいか。 でも、結果的に萌志とキスができたんだから良いんだ。 もう俺と萌志は、いつだって話せる。 伝わらないと、もどかしくなることもない。 既に安心したように寝息を立てている萌志の胸元にすり寄ってみる。 規則正しい心臓の音が耳に届いた。 時計の秒針と萌志の寝息と2人の心音に包まれて。 こんなに安心して眠れる夜なんてあっただろうか。 フラッシュバックが怖くて、眠れない夜が続いていたなんて嘘みたいだ。 父と母に会って。 おかえりって言ってもらって。 萌志とキスをして。 抱きしめられて眠る。 こんなに幸せな日があっていいんだろうか。 萌志に出会ってから、俺はもうずっと幸せなんだ。 「好き、萌志。 好きだ。」 寝顔を見つめて呟いてみる。 聞こえてなくてもいい。 そっとその体に腕をまわしてお互いを抱きしめる格好で、俺も目を瞑った。 朝一番に見られるのは萌志なんだ。 おはようって先に言おう。 ささやかな幸せと期待を胸に、眠りへと落ちていった。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!