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119 沈黙ーちんもくー
うわ。
聞いてしまった。
何だろう。
暁の家に行く時より緊張した。
ちらりと顔色を窺うと、相変わらずの無表情でシェイクのストローに吸い付いている。
ジュココ……と中身が吸い切られた音が聞こえて、容器が無造作に置かれる。
歯の隙間から漏れるようなため息を烏丸がついた。
何も言わないままストローの先を指先でいじって、窓の外を眺めている。
静かな空気が俺たちの間に流れる。
(あ……もしかしてかなりの地雷だったのかな…。)
やっぱり何でもない、と言おうと口を開きかけたら、遮るように烏丸が話し出す。
「萌志。」
「あ、……はい。」
「今から言うのは、本当にただの愚痴だから。
明日になったら、普通にしてほしいんだけど。
というか、聞き流す感じで。俺の独り言だって思ってほしんだけど。」
なんか聞いたことある言い回しだ。
あ。あの時と同じだ。
カラオケで。
こいつが珍しく感情を表に出した、あの日。
忘れてほしい=忘れてほしくない。
聞き流してほしい=聞いてほしい。
こいつの独り言は、限りなく本心。
でもそれを言ったら、もう何も話してくれないんだろう。
小さく頷いて、烏丸の次の言葉を待つ。
でも、また沈黙が流れて。
烏丸が話し出す前に、俺の飲み物も空っぽになった。
ぼんやりと物思いに耽っているようだった彼が、唐突に口を開く。
でも目線は相変わらず外を向いていて、本当に独り言のように話し始めた。
「萌志と鳥羽はさ……
んー、こういう言葉はあんまり好きじゃないんだけどな……
なんか、運命的というか、委員長と一匹狼ってすごく…お互い特別感があってさ。
俺から見てて、あー2人は、本当にお互いがいいんだな~って、そう見えて、さ。」
「……そう…。」
「お前ら、別にゲイじゃないのに……純粋にただの『人同士』の恋愛、で……なんか…。」
「うん…。」
「俺はさぁ……好きでこんな、こんななわけじゃないのにさぁ…。
俺はあいつが良くても、あいつは俺じゃなくてもよくて……。
というか、きっと男女恋愛が当たり前だと思ってるやつだから…。」
「………。」
「泣けてくるよな…好きなのに……。
俺が何でもないようなふりしながらも、せめての『友達ポジ』を死守して…
あいつ、ひどいよな。こっちの気も知らないで馬鹿みたいに笑ってさ。
ほんと……いっそさぁ、もう、嫌いに………なりたい。」
ぐいと、袖で目元をぬぐうのをぼんやりと見つめる。
烏丸が好きなのは……。
ううん。
名前を言ってないから、分からないけど。
俺は何で、暁と両想いになれたんだろう。
烏丸とその相手と、きっと初めの形は同じだったはずなのに。
友達ポジ。
それを死守する。
俺だって、気持ちを自覚してから、「せめて友達として」って傍にいようと思ったけど。
でも、友達じゃ満足できなくて、苦しくて。
烏丸も、苦しいって。
あの日、そう言っていた。
何も言えずに、ストローのごみをいじっていると乾いた笑いが降ってくる。
「ほら、また俺がそんな顔させた。
でもホント、大丈夫だから。
もう俺もなんで、あいつ好きなのかわかんなくなってきてるし。」
じゃあ、泣いたりしないでよ。
大丈夫だったら、泣くわけないじゃん。
無理してるくせに。
でも、俺が何か言ったところで、意味はない。
がんばれよ、とも、もうやめなよ、とも言えない。
「ま、でも。俺はお前らのイチャイチャ見るだけでも癒されるし。
片想い拗らせてるけど、結局誰かを好きな自分でいたいんだと思う。
今の距離がきっと、正解なんだな。」
最後の言葉は、少し掠れていた。
「はい、おしまーい。」と掌を顔の前でひらつかせて、おどけた表情を見せる。
それがわざとらしくて、胸が痛い。
何にもできない。
今の距離が、正解。
烏丸がその状況を抜け出そうとしていないなら、俺が変えるわけにもいかない。
いつも通り。
最初に烏丸が言った通り。
俺にはそうすることしかできないんだ。
「……烏丸。」
「ん~??」
「チョコパイとシェイク、奢るよ。
どうせまだ食べるんだろ。」
「え、マジで?!アップルパイも頼んでいい?!」
「うん、いーよ。」
イエーイと笑う彼に、笑い返す。
ぎこちなくなってないといいけど。
クーポンと小銭を渡す。
鼻歌交じりにカウンターへと歩いていく、その背中を見つめた。
「今の距離が、正解……。」
店内のざわつきに俺の声は飲み込まれた。
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