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121 雨脚ーあまあしー
昨夜から、烏丸と連絡が取れないらしい。
萌志は1時間目からずっと落ち着きがなかった。
今は12時半過ぎ。
昼飯は萌志と2人だった。
座っている屋上前の踊り場は、少し肌寒かった。
鬱陶しい雨音が扉の先から聞こえてくる。
雨は嫌いじゃない。
でも、低気圧のせいで頭が痛い。
顳顬を親指でぐりぐりと押してみたけど、鈍い痛みが増すだけだった。
食後(?)のメロンパンをもそもそと頬張る萌志は、しきりにスマホを気にしている。
珍しく眉間にしわが寄っていた。
口の端についているパンの屑を指でちょいちょいと突いて落としてやる。
「あ、ついてた?」と口元を拭う彼に、頷く。
「まだ、寝ているんじゃないのか?」
「ん———、そうだといいんだけど……。」
どうやら昨日、萌志と烏丸は夜ご飯を一緒に食べたらしい。
用事があるという烏丸と店の前で別れたらしいのだけど、それは9時半ごろで。
雨も降ってきたし、心配した萌志がメッセージを入れたら
1度だけ返信が来て以降、今まで何の連絡もないそうだ。
返信が来ない。
それだけなのに、何がそこまで心配なんだろう。
俺は萌志と深山と親以外の連絡先は知らないし、力になれない。
でも、萌志の表情が暗いのをただ見ているのは何となく嫌だった。
「なんで……そんなに心配してんの?」
俺の問いに萌志が手の中のスマホをぎゅっと握った。
その骨ばった手をぼんやりと見つめる。
小さな溜息と共に萌志は口を開いた。
「……あいつさぁ、自分のことそっちのけで…。
俺が悩んでいる時も親身になってくれて……。
だから、俺もあいつの力になれたらなって思ったから、少し踏み込んだら
なんか……地雷踏んだっぽくて…。
俺、やっぱ何か間違えたんかなぁ…。」
萌志は階段の壁に脱力したようにもたれかかった。
湿気でいつもよりカールのきつい髪が、白い壁に押し付けられている。
そっか。
うん、知ってる。
烏丸が萌志の味方だって。
萌志が烏丸の力になりたいって思うのも当然なんだろう。
それが、友情というものなんだろう。
「……萌志…。」
「………ん?」
「烏丸が、俺に言ったんだ。
萌志を傷つけるなら、もう近づくなって。
その通りだと思った。
でも、体育祭の時、俺を見つけてくれたのもあいつだし……萌志を呼んでくれたのもあいつだし…
俺、まだ、あの時はありがとうって言えてなくて…。」
底知れないあの目は苦手だけど。
黙って人の顔を見続けてくるのは不快だけど。
萌志の大事な友だちで。
「萌志は悪くない……気休めかもしれねーけど。
俺は、友達?がどんなものかイマイチ分かんない。
でも、そいつのために何かしたいって思った萌志は、悪くねーよ。」
ん——、伝われ。
なんでこんなに慰めるのが下手なんだろう。
もっといい言葉があればいいのに。
口下手なのは、圧倒的な経験値の低さだろう。
壁にもたれかかっていた萌志が体を起こして、今度は俺の方に倒れてきた。
「うん……ありがとう…。」
「いや…全然……うまく言えてなくてごめん…。」
「そんなことない。
伝わってる、大丈夫。
烏丸、本当にいい奴なんだ。
暁とも仲良くなってほしい…。」
「えっ……。
それは……どうだろうな…。」
今のところ嫌われているとしか思えん。
まともな会話なんてしたことないし…。
でも、萌志が大事にしている友だちならきっと、いい奴なんだろう。
喋れるようになっても、相変わらず会話は苦手だし
恋人の萌志に対しても、そっけないメッセージしか送れないような俺だけど。
ありがとうぐらいは言えるだろ。
萌志の言うような仲良しにはなれないかもしれないけど。
2人の間に沈黙が落ちた。
自然と繋がれた、手を見つめる。
冷えた俺の手に萌志の熱が伝わる。
そこに、間抜けな電子音が響いた。
萌志が俺の肩からパッと身を起こす。
2人して萌志のスマホ画面を覗き込んだ。
烏丸かららしい。
萌志が安堵のため息をつきながら、アプリを開く。
『今まで寝てた。
ごめん、今日サボる。
プリントとかよろしく☆』
そんな文と一緒に、ごめんねと謝る不細工なクマのスタンプが立て続けに送られてきた。
いい加減、通知音がうるさい
なんだ。
本当に寝てただけかよ。
人騒がせなやつ。
というか、寝坊するほど遅くまで何の用事だったんだろう。
「な~んだぁ……。
よかった、返信来て…。」
萌志は俺と手を繋いだまま、大きく伸びをする。
おお、すごい。
めっちゃ引っ張られる。
ちらりと見た彼の表情は少し晴れて見えた。
よかった。
萌志はさっきとは違う、ニコニコした顔で食べかけだったメロンパンを再び口に運び始めた。
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