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122 闇雲ーやみくもー
『明日は来れる?』
そんな萌志からのメッセージにぼんやり目を通して、とりあえず『たぶん』と曖昧な返事をした。
枕もとにスマホを放り投げて、布団にくるまる。
結局、家に帰ってきたのは5時くらいだった。
7時に設定していたはずの目覚まし時計の音は聞こえなかった。
「あ———……だりぃ……。」
鈍い痛みを持った腰をトントン叩きながら、寝返りを打つ。
くっそ。
あいつ、ゴムなくなったからって中出ししやがった。
病気持ってたらどうしよ。
本当に最悪。
流されずに、きっぱりそこの線引きをすればよかった。
適当な処理のせいで腹は下すし、学校にはいけねーし。
俺は結局、何のために抱かれたんだろう。
得たものより減ったものの方が遥かに多い。
でも、それは毎回のことで。
心の中身がなくなる日は近いんじゃないか。
そう思うと怖くなって、少しでも中を満たすために抱かれに行くんだ。
起き上がろうと、手をついて。
でも腰に走った痛みに力が抜けて、ボスンと倒れこむ。
「んぁ゛———……やだやだ……。」
がっさがさの声が部屋に転がる。
ネコは体の負担が大きい。
気持ちがいいのはいいけど、腰は壊れそうだし喉は痛いし。
相手がただのセフレなだけに、幸福感はない。
満たされるのは心じゃなくて、身体だけ。
いや、やっぱ、セフレに中出しされんのは嫌だな。
マーキングされたみたいで許せん。
あいつは切ろう。
今回は何週間続いた?
布団の中で、指を折って数えてみる。
1、2、3…4?
1か月くらい?
うわ……最短じゃん…。
自分に呆れる。
溜息をついて、枕に顔を埋めた。
セフレを初めて作ったのは高1。
相手は大学生で。
年齢偽って入っていたバーで出会って、お持ち帰りされた。
特に怖くなかった。
優しくしてもらえたし。
セフレをやめて恋人になろうと言われるまで、ずるずると関係は続いていた。
初めては付き合った相手とがいい、なんていう風にはいかないのだ。
性的少数者はだいたい13人に1人。
その中でさらに何通りにも分かれるわけで。
そう考えれば、ゲイ同士で心の相性も良い!好き!ってなることは少ないのだ。
身体は重ねられても、心はどの人とも一定距離。
心が先に近くなって、それが恋になって、愛になって。
そんなケースは稀だと思う。
ノンケはノンケ。
ゲイはゲイだし。
ノンケと付き合えるなんて、そんな夢は見られなかった。
好きになったあいつも。
俺だけ追いかけて。
あいつは常に別の方を見ている。
友だちとして近い距離にいられるなら。
それが俺に残された選択肢の中で一番幸せだった。
純粋に向けられる、あの笑顔を傍で見られるだけで。
ちょっとした心の綻びは、適当な相手で繕えばいいんだ。
そう考えて、ずるずると1年以上経っている。
自分の心の惨めさに目を背けていた。
でも、それを意識せざるを得ない出来事が起こる。
萌志と暁。
ノンケ同士というなんて脆い関係なんだろう。
そこだけ見れば、『ゲイでもないのに、男同士で続くわけがない』って思う。
でも俺から見て、彼らは違う。
眼が。
お互いを見つめる眼が違ったから。
それに気づいて、だから応援したんだ。
遊びなんかじゃない。
純粋なそれは、俺から見たらひどく眩しかった。
低い可能性をどれだけ潜り抜けてきたんだろう。
最後の最後、俺にも見えた可能性を必死で掴んで。
無理やり引き合わせたけど。
あれはちょっと、俺の願望が入っていたと思う。
綺麗な恋が見てみたかった。
冷たい雨に濡れて、精液に塗れた手を伸ばしてももう入らないであろう純愛に。
少しだけ触れてみたかった。
「やめとけば、よかったかなぁ……。」
触れたら、気づいた。
自分の惨めさに。
純粋に友人として応援したい自分と、ゲイで恋に拗れて汚れた自分。
恋に恋して、きっと夢を見ている。
醒めない夢を見ている。
本当の意味で傷ついたことなんてないくせに。
夢見がちな臆病者。
心底反吐が出る。
気づかないほうがよかったんだろうか。
いや、でも。
あの時心の中で勝ったのは、汚れた自分じゃなくて『萌志の友人の』自分だった。
もう仕方ない。
どっちにしろ、同じことしかできない。
ゾクッと震えた身体を抱き込んで、目を瞑る。
妬むんじゃない。
羨むんだ。
あぁ、いいなぁって。
なんで俺はこんな、とか
敢えて、ネガティブに考えることはない。
こうなってしまったんだ。
こうしたのは自分。
ちゃんと割り切って。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
まだ恋ができている。
失っていない。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫……。」
明日には縫合痕も消えて、ただの俺に戻る。
大丈夫。
バカップルをおちょくって、愛すべき馬鹿にツッコミを入れて。
明日からまた。
正しい距離を守ろうか。
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