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123 寄道ーよりみちー
紅葉に浸る暇もなく、あっという間に日が落ちるのが早くなった。
窓の外を見ると、樹の葉はほとんど散っていた。
肩を縮こませて、グラウンドの中心に向かう生徒たちをぼんやり見つめる。
あぁ、寒そう。
見ているだけで、鳥肌が立つ。
お互いに抱き着き合ってはしゃぐ女子の声がここまで聞こえてきた。
黒板に深山がチョークを走らせるのを、ぼんやりと目で追う。
失声症を患っている時、まともに授業に出ない代わりに成績だけでも、と自分で決めた学習習慣は抜けておらず。
今、授業でやっているところはもう一通り理解できていた。
何となくとっていたノートもいまいちペンが進まず、視線は深山から萌志へ。
(あ……あいつ寝てやんの。)
こっくりこっくり舟をこぐたび、フワフワの髪の毛が揺れている。
ハッと起きてペンを持ち直すけど、次の瞬間にはもう目を瞑っている。
昼飯後だもんな。
お腹いっぱいで微妙にあったかい部屋、静かな板書時間。
俺は、全然眠たくないけど。
教室を見れば、萌志以外にも何人か頭が落ちている。
渡貫なんかはもう完全に机に伏していた。
「えー……じゃあ、説明に入るけど—……ってお—————い。」
振り返った深山の呆れ声に、寝ていた数人はガバッと顔を上げる。
妙にデカい「おーい」にビクッと体を震わせて起きた萌志は、欠伸を噛み殺しながら伸びをした。
しかし、起きない渡貫。
深山の視線につられて、みんなの視線も彼に向く。
萌志とその前にいる烏丸が顔を見合わせて、にやにやした。
深山が息を吸い込んだ。
「渡貫君!」
「っ?!へぇっ?!」
突然名前を呼ばれた渡貫が、間抜けな声と共に慌てて身を起こす。
くしゃくしゃになったノートの上から、シャーペンが落ちていった。
「…渡貫君。」
「……はぁい、センセー。」
「今日の昼飯、何だったの?」
「え???
あ、えっと、弁当と焼きそばパンと…特大メロンパン……?」
「美味しかった?」
「あ、うまかったっす。」
落ちたペンも拾わずに、渡貫はニコニコと深山に返事をしている。
深山もさわやかな笑顔を浮かべたまま、教卓に手をつく。
「そうか。で?今は何の時間?」
「え、化学…の授業の時間…です。」
「だよな、授業中だよな。
お腹いっぱいで眠たいのも分かるし、生徒を寝かすような授業をした俺も悪いけど
せめて板書は取ってほしいかな。」
「うっす。すみませんでしたぁ!」
ガバッと渡貫は頭を下げた
なるほど。罪悪感を煽るスタイルか。
頭ごなしに『寝るな』『集中力が足りてない』『来年は受験なんだぞ』といったところで反感を買うのは分かっているんだろう。
高校生なんて、そんなもんだ。
深山がいつからこの高校で教師をしているのか分かんないけど、見てればそこそこ人気がある。
化学教員の中で1番若いのも深山だし、ノリもよくて距離感も絶妙。
怒ったら怖いって、萌志は言っていたけど。
俺は未だ見たことがない。
ていうか、あいつ怒るんだ。
萌志に視線を戻すと、烏丸とこそこそと喋っている。
烏丸とは未だぎこちない。
前よりは話すけど、それでも向こうから話しかけてくれた時だけ。
萌志を呼んでくれたお礼を言ったら、笑われた。
目じりが下がって、悪人面が柔らかいイメージになった。
いつも笑っていてくれれば、俺ももう少し話しかける気になるんだけど。
じっと見つめていたせいか、烏丸と目が合う。
あ。
気づかれた。
視線を慌ててはずそうとしたら、烏丸に突かれた萌志も此方を振り返る。
それにつられた、渡貫まで此方を向いた。
にこにこした萌志は、『やっほー』と口を動かして手を小さく振る。
真似をしたほかの2人まで手を振ってくる。
ヤメロ。
振り返すのは少し恥ずかしくて、ぎこちない笑顔だけを返す。
ふと冷たい空気を感じて、前を見れば、
目だけ笑っていない深山が3人を見つめていた。
3人仲良く教科書の朗読をさせられているのを、何とも言えず見つめた数分後。
ポケットの中のスマホが振動する。
こっそり机の下で、画面を見ると
(!萌志……。)
そわそわとタップすると
『今日一緒に帰りませんか。』
パッと視線を向けると、萌志は深山を盗み見た後、コテンと首を傾げた。
にやにやしてしまいそうなのを我慢して、真面目くさって返信をする。
『分かった。部活は?』
『ミーティングだからすぐ終わるよ~。』
『教室で待っとく。』
『うん。ちょっとだけ寄り道しよ。』
寄り道。
その響きは凄く特別なものに思えて、きゅっとスマホを握る。
放課後。
萌志と寄り道をして帰る。
外が少し寒そうなのも、もう気にならない。
早く学校終わらねーかな。
もうそればっかりが、頭の中を占めてしまった。
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