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「じゃ、また明日ね。」 「ん。」 住宅地に入る曲がり角の前で、自転車を降りる。 萌志がカゴから俺の荷物を取ってくれる。 それを曖昧な返事をしながら受け取った。 カバンを肩にかけ、萌志を見上げる。 「あの、萌志。」 「ん?」 「……。」 何も考えずに、勢い。 もはや、自棄になっていた。 萌志の襟首を掴んで、思いっきり引き寄せた。 見開いた瞳に、街灯のオレンジが反射した。 下唇に勢い任せで自分の口を押し付ける。 萌志が少し身じろいだのなんか気にしている余裕はなかった。 3秒にも満たないキスをして、呆気に取られている萌志の胸を押し返す。 「へ…」と間抜けな声が聞こえる。 「じゃ、帰るわ。」 「え、ちょ、ちょっと待って?!」 逃げるように踵を返した俺を萌志が慌てて掴む。 「何、今の…。」 「何って……キス。」 「いや、それは分かるけど?!」 自転車に萌志を乗せている間、俺が考えていたのは。 さっき手を握って引き留められなかった→勢い大事→そうだ、帰り際にこっちから勢い任せで何かすればいいんだ→勢い大事 という、あほ丸出しの考えで。 あとはスマートに帰るってことだけだった。 それもあえなく失敗。 勢いじゃ、駄目だったんだ。 現に引き留められてしまっている。 「なんで、キスなんか…。」 「…いや、だって…。」 「だって…?」 「だって萌志が、不安そうにしたから…。」 大丈夫だって言っても、萌志は不安そうにする。 触られるのは大丈夫だって言ったのに。 萌志は、触れてきたと思ったら、俺の反応を終始窺って境界線を探っている。 これなら、言わないほうがよかったのか。 あれを知られることのないまま、萌志と付き合えていたら。 でも、付き合えたきっかけは。 でも、言ったのは俺じゃなくて…。 俺じゃなくて。 「暁。」 「なに……んっ。」 名前を呼ばれて顔を上げる。 頬を包むように両手が宛がわれて、顔に影がかかった。 重なる熱を感じながら、必死に鼻で息をする。 逃げそうになるのを耐えた。 逃げたら、また不安にさせてしまう。 俺が、あんな経験をしたせいで いつ何がトリガーになるか分からないって不安にさせる。 舐めあげられた上唇。 生々しい舌の感触に、背骨がビリビリした。 頬から耳の裏に移動した指先が、骨の出っ張りを撫でる。 まだ止まらない、熱に。 眩暈がしてくる。 ぎこちなくても必死で萌志のキスに応えた。 「ふ…ぅ……。」 ジワリと涙がにじむ。 これが生理的なものなのか、それとも感情によるものなのか。 溶けかけた思考では分からなかった。 手は、耳から首筋へ。 首筋から、うなじへ。 支えるように回された手は、熱くて 震えていた。 余韻がまだ残っている。 ジン…としびれた唇を拭われた。 「ごめん……。」 「なん、で…謝る……。」 出た声は掠れていた。 唇を撫でていた指先は、目元へ移る。 いつのまにか、筋をつくっていたそれを萌志がそっと拭いた。 「我慢、させてするような、キスなら。」 「萌志…。」 「それならしないほうが良いよ、キスなんか。」 「萌志。」 萌志。 俺、間違った? なら謝るから。 そんなこと言わないでくれよ。 縋るように袖をつかむ。 「きざ、」 「………兄ちゃん?」 不意に聞こえた声に、萌志がパッと顔を上げる。 背筋がヒヤリとした。 目元を強引に拭って、振り返る。 此方を怪訝そうに見つめている、ブレザー姿の少年。 見覚えのある、茶色いくせ毛。 勝気な瞳が揺れていた。 「…帆志……。」

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