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「萌志は、受け入れてくれたとはいえ、やっぱり俺が過去に男に襲われているのを意識するみたいで…。」
「まぁ、するなって言われても難しいよな。」
「でも俺は大丈夫って言ってるのに、もし拒絶されたらって不安そうで…。
そんなことないって言っても、境界線を探られた。
だから、キスをして、拒絶しないように多少びっくりしても我慢してたら…。」
「裏目に出た、と…。」
コクリと頷いて、肩を落とした。
我慢したのは、そうしてでも萌志とキスをしていたかった。
触れていたかった。
でも、そう言おうとしたら、ちょうど萌志の弟と鉢合わせてしまった。
「ん~……なるほど。
……あんまり言いたくない過去のこと言わせたお詫びと言っちゃ、なんだけど…。」
「え?」
「俺、ゲイなんだわ。」
「え?」
さらりと告げられた衝撃の事実に固まる。
今度は俺がぽかんとする番だ。
そんな俺の様子を気にする風でもなく、烏丸は続けた。
「萌志も、このこと知ってるから。
あ、でも安心しろよ。
ゲイは男だったら誰でも好きになるわけじゃねーからな。」
くぎを刺すように突き付けられた指先を、反り気味で見る。
そうか。
彼はそうなのか…。
「ま、そういうことだから。
俺はお前らを応援するし、なるべく相談にも乗る。」
「あ……ありがとう。」
「いいよ。半分自分のためのようなもんだし。」
そう言って、咳払いをしながら彼はマスクを外した。
やっぱりそっちのほうが親しみやすいと思う。
「それにしても、そうかぁ。
萌志は意外とヘタレなんだな。」
「…。」
「ま、萌志の言うことも分かるわ。」
「やっぱり、トラウマ持ちは重いのか?」
「俺なら、そんな奴の唯一無二になれたことをむしろ喜ぶけどな。
ま、萌志も男相手は初めてだし。
大事にしたいのも、何もかも手探りで怖いのもあんだろ。」
そういうものか。
俺は、今まで女も男も興味なくて。
というか、恋愛にそもそも無縁だと思っていたから。
「不安に、させたくなかったんだ。
萌志の弟に見られたせいで、さらに状況は悪化したような気もする。」
「帆志だろ?あいつ、中学生で多感な時期だからなあ。
いきなり兄貴が男とキスしてるところ見たら、ま、ノーマルならビビるよな。」
「悪いことを、したと思っている。」
「誰に?」
「その…萌志の弟に…。」
すると烏丸は、はぁ?!素っ頓狂な声を出した。
吃驚して固まってしまう。
「見られて、気まずいのは分かるけど。
言ってしまえば外野に、気ィ使う必要ねぇから。
何か?お前らが恋愛すんのに、弟の許可がいんのかよ。」
「……いらねぇ。」
「ですよね?」
烏丸は長く息を吐いて、お腹をさすった。
「ったくなんで、昼前に言うんだよ~。
お腹すいたよも~。」
「すまん。」
「でも、こっちのほうが気になるから続ける~。」
座りなおした烏丸は、徐に手を差し出した。
ん?と首を傾げる。
「ちょっと触ってみて。」
「あ、あぁ…。」
そろりそろりと手を伸ばして、カーディガンの袖で半分隠れたその掌に触れる。
冷えかけた手に申し訳なさが募った。
お礼にあったかい飲み物とかを渡したほうがよさそうだ。
さすがにありがとうというだけでは足りない気がする。
それにしても何だろう。
「触った……けど。
何?」
「いや、ちょっと萌志に意地悪してみようかと。」
「意地悪?」
俺がまた首を傾げると、烏丸はにんまりと笑った。
何となく嫌な予感がしたが、黙ってその顔を見つめる。
「萌志は、もっと独占欲強くなってもいいと思うんだわ。」
「??」
「暁は俺のなのに~!ってな。」
「は?!」
「おもしろ…ゲフンゲフン、仕方ねーから俺が当て馬やってやるよ!
ちょっとかわいそうな気もするけど。
荒療治ってやつだ!」
呆気に取られてモノが言えない俺を他所に、烏丸はわくわくといった表情を見せた。
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