130 / 138

130

「萌志は、受け入れてくれたとはいえ、やっぱり俺が過去に男に襲われているのを意識するみたいで…。」 「まぁ、するなって言われても難しいよな。」 「でも俺は大丈夫って言ってるのに、もし拒絶されたらって不安そうで…。 そんなことないって言っても、境界線を探られた。 だから、キスをして、拒絶しないように多少びっくりしても我慢してたら…。」 「裏目に出た、と…。」 コクリと頷いて、肩を落とした。 我慢したのは、そうしてでも萌志とキスをしていたかった。 触れていたかった。 でも、そう言おうとしたら、ちょうど萌志の弟と鉢合わせてしまった。 「ん~……なるほど。 ……あんまり言いたくない過去のこと言わせたお詫びと言っちゃ、なんだけど…。」 「え?」 「俺、ゲイなんだわ。」 「え?」 さらりと告げられた衝撃の事実に固まる。 今度は俺がぽかんとする番だ。 そんな俺の様子を気にする風でもなく、烏丸は続けた。 「萌志も、このこと知ってるから。 あ、でも安心しろよ。 ゲイは男だったら誰でも好きになるわけじゃねーからな。」 くぎを刺すように突き付けられた指先を、反り気味で見る。 そうか。 彼はそうなのか…。 「ま、そういうことだから。 俺はお前らを応援するし、なるべく相談にも乗る。」 「あ……ありがとう。」 「いいよ。半分自分のためのようなもんだし。」 そう言って、咳払いをしながら彼はマスクを外した。 やっぱりそっちのほうが親しみやすいと思う。 「それにしても、そうかぁ。 萌志は意外とヘタレなんだな。」 「…。」 「ま、萌志の言うことも分かるわ。」 「やっぱり、トラウマ持ちは重いのか?」 「俺なら、そんな奴の唯一無二になれたことをむしろ喜ぶけどな。 ま、萌志も男相手は初めてだし。 大事にしたいのも、何もかも手探りで怖いのもあんだろ。」 そういうものか。 俺は、今まで女も男も興味なくて。 というか、恋愛にそもそも無縁だと思っていたから。 「不安に、させたくなかったんだ。 萌志の弟に見られたせいで、さらに状況は悪化したような気もする。」 「帆志だろ?あいつ、中学生で多感な時期だからなあ。 いきなり兄貴が男とキスしてるところ見たら、ま、ノーマルならビビるよな。」 「悪いことを、したと思っている。」 「誰に?」 「その…萌志の弟に…。」 すると烏丸は、はぁ?!素っ頓狂な声を出した。 吃驚して固まってしまう。 「見られて、気まずいのは分かるけど。 言ってしまえば外野に、気ィ使う必要ねぇから。 何か?お前らが恋愛すんのに、弟の許可がいんのかよ。」 「……いらねぇ。」 「ですよね?」 烏丸は長く息を吐いて、お腹をさすった。 「ったくなんで、昼前に言うんだよ~。 お腹すいたよも~。」 「すまん。」 「でも、こっちのほうが気になるから続ける~。」 座りなおした烏丸は、徐に手を差し出した。 ん?と首を傾げる。 「ちょっと触ってみて。」 「あ、あぁ…。」 そろりそろりと手を伸ばして、カーディガンの袖で半分隠れたその掌に触れる。 冷えかけた手に申し訳なさが募った。 お礼にあったかい飲み物とかを渡したほうがよさそうだ。 さすがにありがとうというだけでは足りない気がする。 それにしても何だろう。 「触った……けど。 何?」 「いや、ちょっと萌志に意地悪してみようかと。」 「意地悪?」 俺がまた首を傾げると、烏丸はにんまりと笑った。 何となく嫌な予感がしたが、黙ってその顔を見つめる。 「萌志は、もっと独占欲強くなってもいいと思うんだわ。」 「??」 「暁は俺のなのに~!ってな。」 「は?!」 「おもしろ…ゲフンゲフン、仕方ねーから俺が当て馬やってやるよ! ちょっとかわいそうな気もするけど。 荒療治ってやつだ!」 呆気に取られてモノが言えない俺を他所に、烏丸はわくわくといった表情を見せた。

書籍の購入

ともだちにシェアしよう!