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131 騎虎ーきこー

2人揃って、階段を1段飛ばしで駆け上がる。 息が上がる。 肺が爆発しそう。 追ってくる足音は、すぐ近くに迫っていた。 (あ……っ、追いつかれそう。) 笑いすぎで咽て咳込んだ烏丸は、ゼイゼイと苦しそうにしながらもヨタついて走る。 それでも、俺の腕を掴んだままだった。 馬鹿だなぁ、こいつ。 半分自分のためってなんだろう。 ちらりとその横顔を見ると、もう無理と顔を歪めてペースダウンしていく。 足の速い萌志を振り切るために、めちゃくちゃに走り回っていた。 おかげで、校舎にはほとんど人はいなくて。 だいぶ頑張って逃げたほうだと思う。 でも、もう俺も限界。 その時、ガシッと肩に手がかかる。 びくりとはねた身体は完全に止まってしまった。 烏丸も止まって、肩で息をしながらヒーヒーと情けない声をあげている。 俺も必死で酸素を貪りながら、振り返った。 「き、ざし……。」 荒い息を吐きだしながら、俺を捕まえた萌志。 俺の腕を掴んだままの烏丸の手を見て、イライラとしたように舌打ちをした。 そしてそれを強引に剥がして俺を抱き寄せる。 それに俺も烏丸も目を丸くした。 だって萌志が、舌打ち。 こんな分かりやすく盛大に。 烏丸は「おっほぉ~ww」とよくわからん笑い方をしてまた咳込んでいる。 馬鹿なのかもしれない。 「きざ、ゲホゲホ……っあー…おっかし… 必死じゃん…萌志……。」 挑発的な目で萌志を見上げた烏丸。 萌志はさらに俺を抱き寄せる。 ちょっと苦しい。 そして、そもそも烏丸が何をしたのか分からない俺はされるがままになっている。 「…っうるさい…あげない…から……!」 「っはは!!な、になに?きっこえないなぁ!」 「????????」 何?あげない? 何が?何を? 俺の背中に伝わる萌志の心音は激しくて、その振動が体を揺さぶっているような気がした。 じっとりと熱い身体が気持ち悪い。 風呂入りてぇ…。 ……いやいや、そうじゃない。 「ぜっっったいあげない!!!!」 「なんで???」 「俺のだから!」 萌志は烏丸から隠すように俺を抱き込むと、キッと烏丸を睨む。 「烏丸は大事な友だちだけどっ、あげないから!! 駄目だから!!!」 「へーへー、分かったって。 ふぅ。だってよ、鳥羽!」 烏丸は満足げに笑って、俺に声をかける。 強く抱きしめられているせいでまともに息ができていない俺は、浅い息を繰り返していた。 身を捩って、烏丸の方を向いて微笑み返す。 烏丸は、おっ!と言って満面の笑みを浮かべる。 「お前、笑顔もなかなか可愛いじゃん~。」 「?!見ちゃダメ!」 萌志はぎょっとして、俺の顔をその手で隠す。 その様子に、また烏丸は手を叩いて笑った。 「煽って正解だな。 おかげでおもしろいもん見れたわ。」 「ん? 何、ねぇ暁、どーゆーこと?」 「分からん……烏丸の独断…。 俺はとりあえず走った。」 「あぁ~?鳥羽も共犯だからな!!」 * かくかくしかじかと、経緯の説明を烏丸は萌志にする。 烏丸はどうやら萌志に『モダモダしてるなら、俺がもらう』って言ったらしい。 何をもらうんだろうと2人の会話を黙って聞いていたが… 「待て。烏丸。」 「何?」 「もらうって、俺を?」 「うん。」 「あ……それはごめんなさい。」 深々と頭を下げると、烏丸に頭をはたかれた。 何で叩くんだよ、腹立つ。 ムカついて、睨み上げると 「なんで俺がフラれてるみたいになってんだよ! 冗談に決まってんだろ!お前、今回の計画の趣旨、分かってる?! 萌志を嫉妬させちゃおう大作戦だろーが!!」 「そんな作戦名、聞いてない。」 「言ってねぇからな、ばぁーか!!!」 「こらこら、喧嘩しない。」 制すように手をひらつかせて萌志は俺たちの間に入ってきた。 烏丸の冗談だと知って心底安心した風だった。 何度も確認して、脱力したように壁にもたれかかった萌志。 今は、今朝のようなよそよそしさは消えている。 「そもそも、俺はネコだから。 同じネコにはキョーミねぇの!」 「ネコ?お前はにんげ…」 「はいでました! ゲイセックスでケツにちんこ突っ込まれる方をネコっていうんですー。」 ………。 …………。 あ、なるほど……。 なんか…聞くんじゃなかったな…。 烏丸も勢いで言ってしまったようで、頭を抱えて悶絶している。 萌志も横で気まずそうにへらへら笑ってるし。 笑い事じゃねぇ。 ちょっと顔を赤らめた烏丸は、拗ねたように口をとがらせて俺の肩をトン、と押した。 「まぁ、とりあえず萌志の独占欲が割と強いことも分かったし。 あとは2人でちゃんと話し合って、仲直りしろよ。 萌志も悪かったな、変にカマかけるようなことして。 愉快極まりなかったです。」 「素直でよろしい。」 真面目腐って頷いた萌志に、烏丸は笑みをこぼす。 「じゃー、邪魔者は退散しますわ。 俺の体力と努力を無駄にすんなよ。」 じゃあな、と手を振った烏丸はさっさと歩いて行ってしまう。 和んでいた空気に少しずつ緊張が混ざり始める。 縋るように烏丸を振り返ったけど、その背中は曲がり角に消えていった。

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