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133 鬼灯ーほおずきー
暁の部屋は彼の匂いで満たされていて、変態臭いけど鼻で呼吸するのを憚るほどだった。
来たことを後悔するぐらい。
純真無垢な暁の前で、こんな邪な気持ちを持っている自分が恥ずかしい。
冷静に。
暁と話すために来たんだろう。
落ち着け落ち着け。
普通に気持ち悪いぞ、俺。
「萌志?」
「っうん、聞いてる。
ごめん。」
額に手を当てて、深呼吸する。
ちゃんと口で。
下唇を噛んで、暁をちらりと見た。
これからまじめな話をするのに。
烏丸に騙された…って言ったら人聞き悪いけど、とにかく暁をとられるかもって思ったら、今朝の自分の態度とか昨日のこととか、いろいろ後悔しか出てこなくて。
怖かった。
頭の中真っ白になって。
烏丸に腕を引かれて、教室を飛び出す暁。
一瞬あった視線とかも、すべてゆっくりに感じた。
「嘘でよかった……ほんとに…。」
手に力が入る。
暁の手を握ったまま、そこに額をくっつけた。
「萌志。」
黙っていた暁が不意に口を開く。
緊張した声色にパッと顔を上げた。
「その……昨日のことだけど。」
「……うん。」
「……俺は、あの時我慢したんじゃない。
萌志が不安そうな顔をするから、それが見たくないから。
大丈夫って言いたくて…。
それで……でもそれで……
萌志に無理をさせていたならごめん。
ちょっと急いでいたのかもしれない。」
無意識に境界線を探ってしまうことに気づいていた。
そしてそれが顔に出ていて、暁もそれを知っていた。
大丈夫だ、我慢する必要はないって、そうあの日は言ってくれたけど。
暁の気持ちを信じられないわけじゃない。
でも俺だって男相手は初めてだし、それに一度ひどい目にあっている相手に躊躇してしまうのは……。
おかしいなんて誰にも言えないでしょ。
問題を解決しては出てくる不安要素に、正直ビビっていたんだ。
「ごめんね……。」
「え?」
「俺がそんな顔したから、逆に気を使わせてしまったんでしょ?
でも、前も言ったけどさ、俺やっぱり怖いよ。
暁にはもう怖い嫌な思いとかさせたくないし。
それが変に急かすような結果になってしまったんだね。
だからごめん。」
すると、暁はブンブンと首を横に振る。
「気を使ったわけじゃない。
確かに不安な顔は見たくなかったけど、違う。
そうじゃなくて、俺は……。」
「…ゆっくりでいいよ。」
眉根を寄せて違う違うと繰り返す、暁の手の甲を優しくなでる。
じわじわと顔が赤くなってきた暁。
目の際も朱に染まって、泣きそうなのだと悟る。
あぁ、俺また何か間違えたかな。
「ごめん、理解力足りてなくて…」
「違う、謝るな。
俺の言葉が足りてないから…。」
「ゆっくりでいいって、ね?
落ち着いて。」
暁はうんうんと頷いて今度はゆっくり、しゃべり始めた。
「公園で……手を繋げた時に…」
「うん。」
「嬉しくて、幸せで…離したくないって……。」
「うん。」
「でも……そう言うのが恥ずかしくて、どうしてもダメで…。」
「キスの方が恥ずかしくない?」
「そうだけど。
あれはもう……勢いで。
その方が早く萌志とくっつける、から。」
ぼそぼそと声が小さくなっていく暁を見つめる。
首筋まで真っ赤になってしまっている。
握っているその手が汗ばんできて、それに気づいた彼は手を引っ込めようとする。
でも、しっかりつかんで離さなかった。
「き、萌志、手……」
「うん。
それで?さっきの続き、聞かせてよ。」
「えぇ…?いや、だから…
我慢とか気を遣うとかじゃなくて、それよりも…
時間が過ぎるのがもったいなくて……触れていたかった…んだよ!
もういいだろ……これ以上は勘弁してくれ……。」
キャパオーバーが来たらしく、恥ずかしすぎて半泣きの暁。
俺が手を掴んでいるせいで顔を隠すこともできずに、必死にこちらを睨んでくる。
それすらも可愛くて。
「言ってくれてありがとね。
うん、ホント。
ありがと。」
ズビッと鼻を啜った暁は、拗ねたように口をとがらせていたけど。
ぶっきらぼうに返事をしてそっぽを向いた。
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