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第2話
日常、と言うものは往々にして自分で決めつけた範囲の常識のようなもので、それを壊されるのは好まない。
僕も当然そのうちの一人なのだけど、この眞洋のご飯は例外だ。普段なら牡丹以外入れる事がないこの社だって、あの「とんでもない綺麗好き」に掃除されてからはキラキラしているし、訪れる動物も増えた。掃除は大事なんだと改めて思った。…少し納得したく無いけど。
「――――そういえば、最近あの綺麗好きは何をしてるの」
「………あぁ、芳晴の事かしら?あの人は祭りが終われば来ると思うわよ」
眞洋が肩をすくめて困ったように笑い、僕に「保温性が抜群」と謳われた青色の水筒を渡してきた。この水筒に入っている、眞洋の味噌汁が僕は大好きで、毎回違う具に、味噌だってこだわりがうかがえるから凄いと思う。
件の「芳晴」と言う綺麗好きは、眞洋の兄であり、とにかく綺麗好きだ。僕の社に訪れるなり遠慮なしに掃除を始めるあたり、結構唯我独尊でもあるけれど。僕と眞洋、それに芳晴は少しばかり特殊で、本来ならあまり関りを持たない方がいい。だけどそうも言っていられないねと牡丹が笑っていたのも懐かしい。
「そう言えば、春祭りの準備には今年も参加してるの?」
「えぇ。今年は私も事情が変わっているから一応参加はする予定よ。とは言っても、屋台の仕出し準備くらいかしら」
「――――ふぅん」
春祭りの最初の四日間は祈りの為に山を登るけれど、その後の三日間はふもとでも賑わいのある大きめの祭りが催される。屋台や曳山もあったはずだ。その人がたくさん集まる空間は僕にとっては毒でしかない。
人の空間―――と言うよりは、人間の持っているその気と言えばいいのだろうか。僕はそれに人一番敏感で、もしそこに負の感情を持った人間が複数集まろうものなら気持ちが悪くてどうしようもなくなるほどだ。だからこそこの社は僕が住むには最適だった。外から人の気を遮断して正常な空間を保ってくれる。この時期の山は正直、人間が頻繁に来るおかげで空気が悪くなってしまうから。
牡丹が毎回来るのも、そう言った理由からだった。牡丹たちの住む場所にその期間だけでもいいから来ないかと。僕を心配してくれるのはありがたい事だけれど。
「今年の祭りは雨期が被るそうだから、地滑りが心配ね」
「雨期…………か。そう言えば、眞洋は龍の子には会ったことある?」
ぽつりとつぶやいた僕の言葉に、眞洋がきょとんとしながら首を傾げた。紫の瞳が丸くなって、僕は思わず笑いそうになってしまう。
「――――そっか。眞洋はあの子を知らないんだっけ」
「? 誰の事か分からないけれど、そうね。多分」
◇◇◇
春祭りは滞りなく始まった様だった。
がやがやとせわしなく行き交う人の気配に息を殺しながら毛布に丸まって夜を過ごす。確かに眞洋が言った通り少しばかり雨の匂いが強くなってきていた。
「…………はぁ、嫌だな」
毎年、この時期の空気が重い。
外界は様変わりしていて、昔よりもどす黒く重い空気が満ちている。昔はまだ、斬った張ったですんでいたことを、今では全部理由をつけて裏から手を回さないと終わりを迎えない。その負の感情は、なんでもない人間すら蝕んでいってしまうから質が悪いのだ。
祈りを捧げたって、きっと今は何の効力もないのだろう。そう思うのに、それでも「祈り」にすがってしまうのは人間の性なのだろうなとも思う。
――――僕は、
ふと息を吐くと、すぐ近くでガタンと音がした。風が吹いているわけでもない、なら、この社に誰か来たのだろうか。けれど、眞洋や牡丹ならこの時間に来るはずはない。だって、今は真夜中だ。月明かりだっておぼつかない天気なのに、こんな時間に来るはずはない。
けれど、またガタガタと音が聞こえて、僕はそろりと身を起こした。
折角夜に融けていけるところだったのに。
「―――――――――え、」
諦めにも似た感情を携えながら、社の扉に手をかけると、目の前に月が見えた。
「あ、」
月明かりに照らされて、きらりと融けるように光る金糸に思わず目を奪われる。
そこにいたのは、紛れもない人の子だった。
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