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第4話

 鳥の囀る声、朝露に湿る土の薫り。燭台で溶けた蝋燭の残り香。そして、まだ生え揃わない若草の匂い。そのどれもが僕は好きだ。  朝、徐に体を起こしてからあたりを見回すと、燭台のすぐそばに体を丸めたままの和秋が眠っていた。少しばかり明るい時間に見ても、やはり月の様に綺麗だなと思う。人間離れした端正な顔つきにはまだわずかな幼さが残っていた。 その頬にかかる髪に手を伸ばし、梳くと思いのほか柔らかかった。 「――――――あら?」  背後で扉の開く音がして振り返れば、眞洋が朝ごはんを手にして首を傾げた。      ◆ 「あら、そうなの。妹さんを探しに、ねぇ」 大変ね。と眞洋が困ったように肩をすくめた。 僕が眞洋の持ってきた朝ご飯を食べている横で、和秋は眞洋にこの社まで来た理由を告げた。 妹と、祈りを捧げる祭り。けれど、迷子になったのだと。 「ーーーー…妹はーー、美夜は、少し年上の人と仲が良かったんです。でも、その人も見つからなくて…」 「その仲が良いって言う人のお名前は?」 悲しそうにうなだれる和秋は、眞洋の質問に顔を上げると、えっと、と着ていた服のポケットこらメモ帳を取り出した。「これです」と指さされたページには見たことのある名前が書かれている。 「神足、喜三郎…」 眞洋がポツリと零した名前に、僕はご飯を食べる手を止めた。 じわりじわりと繋がり始める糸に、舌打ちをしたくなる。 「ーーー…和秋、間違いなくその人なの?」 「美夜が前に言っていたから、多分。赤い髪の、背の高い眼鏡をかけた人でした」 あぁ、嫌だなと小さく息を吐いた。眞洋に目配せをすると、困ったように目尻を下げて笑う。あぁ、繋がってしまった、と。 正直に言えば、僕はその男を知っている。そして、その男はもう人ではないと言う事実も、知っていた。だけど、それを和秋に伝えるのは憚られるし、何より、この月のように淀みなく暖かな和秋を無碍に曇らせたくなかった。 朝ご飯を全て平らげ、和秋を送る眞洋を見送ってから、長い長い溜息を吐いた。 人間が神足と名乗るのは、堕ちた証拠だ。人は知りもしないその先の事に、何故余計に感情を暴け出すのか。僕はいまだにわからない。 誰かを、何かを、あるいは国かもしれないけれど、酷く憎み、妬み、恨みや絶望がその身を食い尽くすと「鬼に堕ちる」事がある。 そのほとんどは、耐え切れずに死んでしまうが、ごく稀に普通に受け入れる人もいる。 けれど、鬼に堕ちた人間は呪われ、一生その呪いを背負って生きていかなくてはいけない。 僕が知る限り、神足喜三郎と言うその男は「女嫌い」の筈だ。 鬼に堕ちた人の子の中で唯一、あまりにも好戦的で、謎が多い。 そこまで思考を巡らせ、はたと我に返った。もう二度と会うことのない和秋の事を考えたって仕方がない。寝てしまおうと毛布をかぶり、目を閉じる。 けれど、昼、彼は眞洋と共にまたこの社を訪れた。
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