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第6話
だけどきっと、和秋は明日も、その後もここに来るんだろう。そんな予感は確かにあった。僕と話したいと言った時の瞳は本気の色を孕んだままだったし、こんな山奥にそうそう来たいなんて普通なら思わないはずだから。
だけど、僕は、
「ーー…牡丹は、僕を憐れだと思うの?」
ポツリと零した言の葉に、牡丹が呆れたように笑う。
「お前は、自分を憐れだとは思っていないだろう」
牡丹は呆れたままの笑顔を崩さずに僕にそう言うと、そういえば、と僕に小さな布切れでできた子袋を手渡してきた。七宝繋ぎの柄のその淡い緑の袋には、見覚えがあった。
「―――――僕の環」
「お前が私に渡したものだけれど、返しておこう。要る時が来るだろうからね」
「…………僕は、人間は、」
人の子は、簡単に壊れてしまうから。大事にしたいのに、どうやって大事にすればいいのかわからない。僕が不用意に触れれば、死んでしまう。壊れてしまう。物言わぬ人形のようになってしまう。それはある意味、呪いの様に僕に付きまとってしまっていた。だけど、何度、何回、何千回試そうとしても、怖くて無理だった。
「ねぇ、勝呂」
「こら、牡丹と呼びなさい」
「――――――僕は、人間が好きだよ」
手渡された子袋を両手で握りしめて、僕は牡丹をまっすぐに見据えた。今まで言わなかった。言いたくても、言葉にするのはためらわれた。だって、僕がこの言葉を言ってしまうと、僕自身が期待してしまうから。人に。
その可能性に。
「………だけど、嫌いでも、ある。だから、僕はここから出ないよ。人の子が、……今の世が、あの淀んだ空気をはらんでいる限り」
僕には、きっと―――――――
◆◆
その日は、随分と天気が悪かった。
新品の傘をさして、眞洋さんに教えてもらった裏道の階段を登っていく。石畳で作られた古めかしいその階段は端の方が苔で覆われていて滑りやすそうになっていた。
群青さんの住む社は、外見からしてとてもじゃないけど誰かが住んでいるようには見えない。壁は蔦に覆われているし、行くまでの道程がけもの道に近い。そこに「誰かがいる」と明確に知っていないと見向きもしないだろう。
だから、あの日に群青さんに会えたのはある意味で奇跡に近かったんじゃないだろうか。
正直に言えば、一目で人ではない何かのような気はしたけれど、生憎と俺はそう言うものを目の当たりにしたことがないし、妹の―――――美夜の件がなければ今だって信じてなんていなかったと思う。
俺の妹は、一体どこに消えてしまったのか。あの男の人と一緒にいるのだろうか。生きていれば、それでいい。両親はとうに諦めたそんな願いを俺は捨てきれずにいた。
今日は、群青さんがあの男の人―――神足喜三郎について教えてくれると約束してくれた日だ。心臓がばくばくとうるさいのを、歩きながら深呼吸をして落ち着ける。緊張、して当然だろう。「神足喜三郎」は恐らく、人ではない。
―――――妹は、その人ではない「何か」にさらわれたのだろうか。
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