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第7話
両親は、とは言っても、実の親ではなく育ての親。俺と妹とはなんの血縁関係もない。それでも大事に育ててくれた。自分にとっても自慢の親だし、両親はあの二人だけだ。
だから、早く妹を見つけて安心させてあげたかった。ここ数年は、そればかりで。
だけどもし、……万が一妹が生きていなかったら、俺はどうすればいいのだろう。
「ーーー…考えても仕方ない、か」
小さくつぶやいて、いつの間にか止まっていた足をまた動かし、群青さんのいる社を目指した。
◆
「おはようございます」
「――――おはよう、和秋。迷わずこれたの」
俺が社を訪れると、眠そうな群青さんが迎えてくれた。
両の目の下に描かれた赤い紋様が朝日に溶け込むように綺麗で目に焼き付いてしまう。この人はやっぱり、人間ではないんだろうなぁ、なんて。
群青さんが目深くかぶった布が少しだけ透けていて、ぼんやりとそんな思考に彷徨う。入ってと促されて社に足を踏み入れると、そこにはもう一人、知らない男の人がいて俺は思わず息をのんだ。
銀色の髪の、額に角を生やしたその男は、誰がどう見ても人ではない何かだ。
「――――和秋には、この方がいいと思って。僕が呼んだ」
「初めまして。私は牡丹という」
「っ、はじめ、まして……」
俺は群青さんの隣に座って、目の前に胡坐をかいて座るその牡丹さんをじっと見つめる。銀色の、髪。
「――――あの、昔、会ったことがありませんか?」
俺は、この銀色を知っている気がする。確信もなく抱いた想いを問いかければ目の前の牡丹さんが肩をすくめながら小さく笑った。
「残念だけれど、"私は"お前に会ったことは無いよ。けれど、もしかしたら別の鬼に会ったことがあるのかもしれないね」
牡丹さんの言葉に、俺はわずかに息を呑んだ。
「鬼…」
繰り返したその単語に、隣からため息が聞こえて、ハッとしたように群青さんに目を向ける。
「……和秋が探してる、男ーーー神足喜三郎も、鬼だよ。元々は人の子だけど、今は鬼だ」
群青さんの言葉が静かに思考に溶けて、まるで弾ける様に理解した。
あの赤い髪の、あのひとは、
「ーーーーーーやっぱり、ひとじゃ、なかった、ん、ですか。牡丹さんも、群青さん、も?」
「和秋は気がついていたはずだけど」
「目で見ても、本人から聞かない限りはわからない、から」
確かに口にされるまでは、自分の判断で決めつけられないと、小さく吐いた。
端に灯っていた蝋燭の煙がゆらりとゆれて、空気に溶けるのを見つめると、群青さんが「あのね」と口を開いた。
「僕も、そこにいる牡丹も、君と同じ血は流れていないし、寿命だって違う。君の倍以上生きてきたし、化け物みたいなものだよ」
「ーーーーーー…群青」
牡丹さんの静かな声が社にこだまして、 群青さんが肩を竦めた。
「僕は、出来るなら君を巻き込むような真似はしたくない」
群青さんは、小さく息を吐くと被っていた布を取り払い、またため息を吐いた。
「ーーーよく、聞いて?和秋はただの人間だよ。僕たちとは関わりあうべきじゃないし、本来なら、近づくことすらしない方がいい」
わかりやすい拒絶だなと、思った。
群青さんは、俺が近づくことを拒絶してる。
「……俺、はーーーー」
だけど、俺は、
「このまま、諦めたく、無いんです。目の前に手掛かりがあるなら、それを掴みたい。妹が生きているなら、確かめる術が、あるんですよね?」
群青さんも、牡丹さんも、知っていて俺には言わない。それはきっと、俺がただの人間で、彼らとは違うから。境界線が、あるから。
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