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第10話
「あらやだ。天変地異の前触れかしら」
群青さんを目にした眞洋さんは、目を瞬かせながらそう言葉を放った。その言葉にバツが悪そうにため息を吐いた群青さんは、俺から手を離すと眞洋さんをまっすぐに見据える。
「僕が着ても目立たない服、ある?和装は目立って仕方ないでしょ」
「あら。あるにはあるけれど、どこに行くの?」
「―――――茅の山荘に」
群青さんの言葉に、眞洋さんが一瞬動きを止めるも、すぐにいつもの笑みに戻り「とりあえず入って」と促された。俺は首を傾げてばかりで、二人をただ見つめる。
リビングに案内してもらい、すぐ近くにあったクローゼットを開けながら眞洋さんがうーんと首をひねる。
「私は基本スーツだから……私より芳晴の方がよかったんじゃない?」
「やだ。眞洋なしに会いたくない」
「服はいいけど、どっちにしろ目立つと思うわよ」
はいどーぞ。と群青さんに洋服を渡しながら困ったように笑った眞洋さんは、俺と目が合うと肩をすくめながら座って頂戴とソファを指さした。その言葉におとなしくしたがって、ソファに座り、服を手に取った群青さんを見上げる。
深い緑色の髪に、赤い瞳。つり目がちだけれど、とても綺麗な顔をしているし、その目に縁どられたくまどりもより一層、人とはかけ離れた雰囲気を醸し出している。おそらく、群青さんは自分の容姿に興味がなく、そのうえで自覚がない。眞洋さんも牡丹さんもとても綺麗だし、それだけで「人とはかけ離れた何か」と言う感じはする。
でも、昔、俺はーーー牡丹さんのような鬼に会ったことがある。だけど、どこだろう。そう考えたとき、思い当たる空白が一箇所だけあった。
両親も、語りたがらない。たった数日だったけれど。
「群青さん」
「? なに?」
「―――――――昔、俺はあの山で神隠しにあったことがあるらしいんです」
ふと、思い出した、昔話。
俺自身にはそんな記憶は一切なく、けれど、短い期間いなかったと。だけどもしかして、牡丹さんを見た時の微妙な既視感は。
「神隠し…」
群青さんが俺の言葉を繰り返し、ふっと息を吐いた。
「―――――なるほど、そう、か」
小さく聞こえた声に首を傾げると、群青さんは服を手にしたまま「これどう着るのかわからないんだけど」と眞洋さんに話しかけた。俺は、群青さんがいったい何に納得したのかわからないまま、ただじっとその緑色を見つめる。
―――あれ?
また、妙な既視感。
群青さんが着ていた着物を僅かにはだけ、俺の視界に入ってきたその腰あたりの模様に見覚えがあった。でも、どうして。
「っ、なに」
「! あ、ごめん、なさい」
思わず無意識に伸ばしていた手が群青さんの肌に触れ、パシンと手を払われた。いぶかし気に見下ろしてくる群青さんの視界から逃れるように顔を逸らし謝罪の言葉を口にする。
あの模様は桔梗の花だ。でもどうして?
どうして俺はソレが桔梗だと知っているんだろう。
頭の中で思い出せない影のような記憶があるのは随分と前から感じていた。けれど、それはきっと思い出しても意味がないようなものなのだと思っていたから気にもしてなかった。でも、もしかしたら、妙な既視感の原因はその記憶の中にあるのかもしれない。
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