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第11話

「……うん。だいぶ楽。着物よりは軽いね」 眞洋さんに借りた服に満足したのか、少し嬉しそうに群青さんは笑いながら両手を広げた。 黒色の長袖のシャツの上から、少し厚手の濃紺のパーカーをきて、下はラフなズボン。着物じゃない群青さんはひどく新鮮で凝視してしまう。 「ふふ、それにしても、違和感がすごいわね」 くすくすと肩を揺らしながら笑う眞洋さんに、群青さんはムッとしながらも仕方ないとつぶやいた。 「それにしても、現代の若者はよくこんな格好で歩けるね。確かに楽だけど、なんだか変に堅苦しくて息が詰まりそう……」 袖を広げながらふぅ、と群青さんが息を吐いて、言葉を零した。 「慣れればこっちの方が楽よ。それに、さっき自分でも言ったじゃない。今じゃあ着物の方が目立ってしまうのよ?」 眞洋さんが肩を揺らしながら笑って、群青さんはため息混じりにわかってると答えた。俺はじっと二人を見つめながらやっぱり僅かに燻る既視感に頭を悩ませてしまう。 俺は何か、重大な事を見落としているような気がする。 靴が窮屈だ嘆く群青さんと共にマンションを後にして、しばらく歩いた。時間にしてみてもそこまでは長くない。 一番高い陽の位置を過ぎ、後は沈むだけ。歩く中で、他愛もない話をした。 昨日は緊張して眠れなかったとか、晩御飯は何だったかとか。そんな話。だけど、とある駅に差し掛かった時、群青さんが不意に歩みを止めた。 「……? 群青さん?」 俺は急に足を止めた群青さんを振り返り、見上げる。赤い瞳が、じっと見つめ返してきて言葉に詰まった。俺よりも幾分か背の高い群青さんをただ見つめれば、ふっと息を吐いた群青さんの手がゆらりと動き、俺の頬に遠慮がちに触れた。骨ばった、少しだけ冷たい指先。 「ーーーーーー和秋は、…」 「は、い」 じっと見つめてくるその赤が僅かに綻んで、指先がやわやわと頬を撫でる。俺は無意識にその手に頬を寄せ擦り寄るように目を閉じた。 どうしてか、俺はこの手を知っている。 「変わらないな、君は。…昔から、君のままだ」 音も無く溢れた言葉に思わず目を見開いた。 「ーーーーー…かわら、ない、って……?」 「和秋、君は、ーーーー…いや」 「? あ、の…」 緊張して、言葉が途切れてしまう。 だけどやっぱり、俺はこの感覚を、この人を、知っているような気がした。まだ、やわやわと頬を撫でる指先がピタリと止まり、親指が唇をなぞった。 「ーーーー僕は、君に会ったことがある」 とても小さく、空気に溶けてしまうようなか細い声音で群青さんがそう言った。 全ての時間が止まったのかと思うような、無音。でも、違和感がピタリとハマった。 「……でも、忘れていた方が幸せだと、思うよ、僕は」 「ど、して」 どうしてそんな事を言うんだろう。群青さんにはどうでもいい記憶だから?思わず群青さんの手を掴み、真っ直ぐにその赤を見つめる。 「和秋」 「っ」 群青さんの声は、咎めるような、我慢しているようなそんな音を僅かに孕んだまま、空気にとけた。 「本当に、真実を知りたいの?君の妹は、きっと君を忘れているよ」 掴んだ手を掴み返されて、息がつまる。 「和秋は耐えられる?忘れられている現実に」 僅かに、予感はあった。 数年という月日。帰らない妹。もう、その時点で本当は。 家族の事など綺麗に忘れてどこかで幸せに暮らしているのかもしれない。両親がそう言って諦めたように、妹はもう、俺の事なんて忘れているんだと。 それならと、納得しようともした。だけど、生きているのか、確認したくて。 死体もない、また神隠しなんだと言っていた両親にいきていると伝えたかった。 それが、どれだけ残酷な行為でも。

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