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第12話
「……群青、さん」
小さく名前を呼んで、真っ直ぐに赤を見つめる。
「うん」
「大丈夫ですよ、俺なら」
「和秋がそう言うのは、知ってるよ。僕が聞きたいのは和秋の本心」
掴まれた手の境目がわからなくなっていく。引いた線と、引かれた線の境目が曖昧になって、どこまで入ってしまうのか分からなくて、溶け出していく体温に群青さんから僅かに視線を逸らした。
「和秋」
繋がれていない手で、群青さんがそっとさっきとは逆の頬に手を触れた。やっぱり、指先は冷たい。
「なん、で、急に」
「ーーー…危険なんだよ?本当に」
「……群青さ」
「君がまた、怪我をしてしまったらーー」
群青さんの顔がくしゃりと歪み、俺はわずかに息をのんだ。
「……、美夜が、俺を忘れているなら、仕方がないんです。それがあの子の選択なら、俺は、ただ生きてるだけで」
本当に。例え兄妹であった事を忘れてしまっても、それで今が幸せなら、それがいい。
美夜の中で、それを選択したのなら、それは俺には何も言えない。だけど、なんて、言葉にしたら決心が鈍ってしまう。
弱音なんて、吐けない。
「……手、どうして…」
俺は話を逸らしたくて繋がった手に視線を落とす。群青さんはため息をひとつこぼすと、僅かに手を離した。けれど俺はそれがなんだか不安で、完全に離れる前にその手を掴みなおし、群青さんを見上げる。
赤い瞳が、わずかに揺れていた。
「っ、和秋」
「もう、少しだけ」
混ざり合った体温に安心するなんて知らなかった。まだ俺と溶け合ったままの掌が安心感を連れてくる。ほっと息を吐くと、その手を群青さんに引かれた。
「君を見てると、堪らなくなる。から、」
ぽすりと腕の中に閉じ込められて、そんな言葉がふってきた。すぐに解けるような弱い抱擁に、それでもどうしてか、離れる気なんて微塵も起きなくて。
会ったことがあるのは、いつなんだろう。靄がかったあの記憶の中なのだろうか。なら俺は、きっとそれを思い出した方がいいんじゃないだろうか。
俺を「変わらない」と言った時の群青さんの表情は、泣きそうなそれに近かったから。
「…………その、……山荘って、言うのは」
やわやわと離れた俺に合わせるように、群青さんが僅かに距離をとる。ん?と首を傾げて、群青さんは俺の小さな言葉を拾い上げた。
「茅にあるんだよ。ちがやって言うのは僕たちが呼んでるだけで、正式な名称は……なんだったかな確か、茅花山だったかな」
「つばな……?」
初めて耳にする地名。
もう一度だけその言葉をつぶやき、行こうかと歩き出した群青さんの隣を歩く。不思議とそこまで疲れていなくて、あんまりお腹もすかない。もしかしたら、今のこの予想外の展開に緊張してるのかもしれないなと一人で納得した。
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