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第13話
日が暮れるほど歩いて、ようやく群青さんが足を止めた。さすがに少しだけ足の裏がひりひりするけれど、それだけで、疲れたとはやっぱりあまり感じなかった。
「ここ、は?」
街灯が淡く照らす目の前の階段は整備されているようで、思いの外綺麗だ。立て看板もなく、ただ左右に茂る木々の間に白い階段が続いている光景は、些か不気味ではあるのだけれど。
まだ春先であるというのに、木々には所々花が咲いている。それが弱弱しくではあるが、自ら光を放ち、帳に沈みそうな階段を照らしていた。
「――――ここが、茅花の入り口。その布、もう少しちゃんとかぶった方がいいよ、和秋」
群青さんの手が、俺が被っていた布を僅かに直して、困ったように笑った。
「君のその髪は、ここでは目立つ」
「髪…?」
「金色、ここでは目の毒だ。和秋自身も、ここに暮らす鬼には毒だからね」
――――俺自身が、毒。
それは一体どういう意味なんだろう。危険なのは、だから?
「……そんなに不安そうにしなくてもいいよ。ここにいる間、和秋の事は僕が守るから。何があっても、僕の事は心配しなくていいからね」
ぽんぽんと優しい手つきで俺の頭を撫でた群青さんは「僕は死なないから」と言葉を吐いた。それがやけに自暴自棄に響いて、思わず群青さんの指先を握る。やっぱり、ひんやりとしていた。
「どうしたの?怖い?」
「っ、違います、けど………死なない、って、でも、無理はだめです」
「―――――、」
突拍子もない言葉だったろう。群青さんは僅かに目を見開いたまま数秒固まって、その赤い瞳を綻ばせた。
「大丈夫だよ」
「……そ、うですか?」
「うん。ほら、行こう。夜明けまでには帰らないといけないから」
差し出されたその手を取って、階段の一段目に足をかけたーーー
その瞬間に、景色が変わる。今まで所々だった花が一気に咲き、目に刺さるほどの灯で照らしてくる。すぐそばで、群青さんの舌うちが聞こえた。
「っ、わ!」
群青さんの表情を確認するまでもなく体が浮遊感に襲われて、思わず声をあげる。がさりと大きな音が耳元で響いて、恐らく俺を抱き上げているであろう群青さんにしがみつくように腕を伸ばした。
「和秋、大丈夫?」
視界が急にクリアになって、群青さんの顔が見えた。でも、浮遊感はそのままに肩越しの世界が異様に早く過ぎ去っていく。街の明かりが、さかさまになった空の星みたいにキラキラと輝いていた。
よいしょとどこかの高台に降りた群青さんは、俺を一旦地面に降ろし、ふと腰に手を当てながら眼下を見下ろした。さっきの階段は、随分と遠くに見えたけれど、まだ煌々としている。
「あ、の、この、状況は」
「―――――…人の子に合わせて移動するより、こっちの方が速いんだ。僕は跳べるから、和秋が酔わないならこっちの方が手っ取り早くいける」
「いや、あの、そうじゃなくて、さっきの……花、は」
「僕たちは敵とみなされたという事だね」
「え」
急に咲き始めた花は一体何だったのか、群青さんにそう問えば思いもよらぬ言葉が返ってきて素っ頓狂な声が漏れた。
「あの山は、はぐれたやつらが棲み処にしてる場所なんだ。人間の世界になじめない者が行きつく場所。あそこに住んでるのは、鬼だけじゃないし、人間を喰うやつもいる」
「っ、妹はなんでそんな……!」
「それは僕にもわからない。でも、君は知りたいんでしょ?」
妹が、美夜が、どうしてそんな場所にいるのか。俺の事を忘れていても、それでも、顔を見るだけでも、生きていることを確認できるだけでも。
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