19 / 29
第19話
「群青さ、ん」
思わず力任せに引き寄せて、腕の中に閉じ込めた。
昔、和秋を助けた後、たった数日だけ、会っていた。だけど、あの時も僕は怖くて、この子を手離した。僕なんかの側には、いない方が良い。
だから、記憶を消して、もう来ないようにーーーー
「だめだよ。和秋は人間なんだから」
「群青さんだって……!」
「ちがうよ。僕は化け物だ。君とは、ちがう」
「なん、で、そんな、」
僕の言葉に、ぽろりと和秋の瞳から涙が零れ落ちた。
「感情が、ちゃんとあるじゃ、ないですか」
また、ひと粒。ほろほろと零れ落ちていく涙を僕は思わず着ていた服の袖で拭った。それでも、後から後から溢れてくる。
「……泣かないで…和秋」
「っ、」
ふわりと、和秋の腕が僕の首に伸びた。うなじから引き寄せられて、唇が触れる。
「っ! かず、っ、だめ」
顔をそらしても、追いかけるようにまた触れる。だめだ。こんなーーーー
「和秋、も、だめだよ」
「俺の、気持ちはどうなるの」
「……和秋」
「群青さんと一緒に居たいっていう、俺の気持ちは……どうなるの?」
あぁ、どうして。
この子はこんなにも真っ直ぐなのだろう。叶うなら、今すぐに印を付けて、孕ませて閉じ込めてしまいたい。だけど、それはーーーー。
僕の身のうちに潜むこの感情は、和秋には毒でしかない。この独占欲と、欲望は。
「ーー妹のことは、いいの?」
「両親には、何も言わないで欲しい、とだけ、言われました」
「ーーーー……そう。ね、和秋」
「……はい」
「僕とは、これ以上会わない方がいい」
これ以上、一緒にいたら僕はおそらく我慢出来ない。和秋を閉じ込めてしまう。
だけど、和秋はその言葉に首を横に振って、僕の手をぎゅっとにぎった。
「ーーーーーー和秋…」
「俺の、気持ちは、迷惑ですか」
「……っ、ちが…」
そこまで言いかけて、言葉を止めた。僕は、もう後戻りなんて出来ないくらいになってしまっている。だけど、和秋は、まだーーーー。僕がここで迷惑だって嘘をついたら、だけど、嘘でもそんな事言えそうになくて。
ふっと息を吐いて、和秋をまた抱き寄せた。
牡丹はきっと、全部わかった上で僕に環をかえしたんだろう。
牡丹は、僕が一度和秋の記憶を消したことに気がついている筈だから。
「(……まいったなぁ)」
どうしようもないくらいに、愛してしまっているから。僕たちの様な化け物には、本能に近い感覚がある。殆どは直感だ。一目惚れのような、それ。そしてそれは、本来ならば抗いようがない。
理性ではなく、本能で欲しているから。理性で抑えるには、強すぎる感情だ。だから神足喜三郎はあの選択をしたのだろう。おそらく、彼も本能で彼女を欲したのだ。そしてそれに抗う術もなく、従った。
「(だけど、僕はーーーーーー)」
「群青さん…」
「うん」
「……離れたく、ないです。忘れたくなんて、ないです。俺、どうすれば、もっと一緒に」
「どうして、そうなったの?」
僕の小さな問いかけに、和秋はわかりませんと答えた。
「理由がないと、ダメなんですか?」
そんな簡単に、理由をつけられない。と、言葉を続け、和秋は口を閉じた。その言葉がすとん、と胸に落ちた。
理由なんてない。確かに、僕もきっと本能で和秋を選んでいる。昔も、今も。陳腐な飾り言葉に意味なんてない。ただ、欲しいだけ。ただ、愛してしまっただけ。いたってシンプルで、わかりやすい感情だ。
「和秋は、……僕が好きなの?」
「…………好き、です。好きだって、思って、しまったから」
消えるような声音で、紡がれた言の葉にわずかに息を飲んだ。
どろりと、隔てていた壁が溶けていく感覚がした。理性という壁が、本能に溶かされていく。
「群青さんが、人でも、人じゃなくても変わらないです。俺は、俺にとっては……群青さんが大事で、まだ、知りたい事だってたくさん、あります」
「……僕といても、幸せになんてなれないよ」
どうか、離れて欲しい。まだ、今ならまだ、僕が理性を保てるうちに。そう願うのに、離れて欲しくない。側にいたい。もういっそ、つないでしまいたい。
それでも、繰り返される本能に、理性がストップをかける。後悔するぞ、と。
本当に、自分で汚してしまってもいいのかと。
人殺しの僕には、そんな資格なんて
「俺は、……群青さんを知りたいんです」
「…………後悔するよ」
「しないです」
真っ直ぐ見つめてくる瞳に、ふっと息を吐いた。どうして、こんなに綺麗で強く、迷いなく僕を見つめてくるのか。
手離したくない欲が勝ってしまう。
「それなら」
「?」
「子作り、しようか。和秋」
どろどろと、剥き出しになった独占欲を止める術を、僕は知らない。
ともだちにシェアしよう!