20 / 29
第20話
「……っ、」
ぶわりと真っ赤に染まった和秋の頬を撫でると、あの、とか細い声が続いた。
「ん?」
「子作り、って」
碧がそらされて、ぽそりと和秋がつぶやく。不安そうな、震えるその声音に少しだけ言葉に詰まった。
僕は、和秋を離したくないけれど、彼は人間であり、僕は化け物だ。誰かに依存して、見離された時、僕は彼を殺してしまうだろうと、思う。予感でもなんでもなく、これは確信だ。
だからこそ、こんな若いうちから僕の傍にはいちゃいけない。本来の日常に戻してあげなくてはいけないのに。
だけど、
「……家族は、どうするの?」
「それは」
「僕は、和秋が望むならーーーー」
頬を撫でていた手をするりと滑らせながら首筋、脇腹を辿り、下腹付近で止めた。僅かに力を入れながら、和秋を見つめる。
「君が孕むまで、あげるよ」
「っ……!」
僕の言葉に音もなくさらに顔を真っ赤にした和秋は、不安そうに僕を見上げた。その碧がぐらりと揺れ惑いながらそらされた。
「ーーーーなんて、ね。冗談」
僕は和かな笑みを貼り付けて和秋から手を離すと、一度だけ髪を撫でた。
「……もう、寝ないと」
ね?と和秋の顔を覗き込むと、堪えていた雫が和秋の頬を濡らした。
「…俺、…忘れたくないです。群青さんを好きだって思う気持ちも、群青さんの事も、」
「和秋」
「群青さんは…………また、俺の中から消えてしまうんですか」
「……和秋」
「俺、俺が、……群青さんの事を忘れたくないのに、どうして」
「和秋……っ」
震える声で、和秋が僕に手を伸ばす。
指を絡めて握り返すと、じんわりと繋がった部分から体温が溶け出していく感覚に陥った。
「僕は、君が愛しい」
「っ、」
「だけど、ダメなんだ。僕は、君とは一緒に居られない」
「どう、し、て」
不安そうに揺れる瞳は、小さな子供のそれと変わらない。泣かせたいわけじゃないのに、こんな、不安そうな顔をさせたいわけじゃないのに。上手くいかなくて自分に苛立ちを覚える。
でも、
「ーーーー…ごめんね。和秋」
これが、最後だ。
僕が君に触れる、最後の口づけ。一瞬だけ触れて、和秋の体を腕に抱きしめてからもう一度、ごめんと呟いた。
何かを言いかけ気を失った和秋を抱き上げて、社を出る、と、
「ーーーーーーーー勝呂」
「……こら、牡丹と呼びなさい」
腕組みをした、牡丹が立っていた。呆れたように僕を見てから、ため息を吐く。
「手放すのかい?」
「……」
「群青」
「……僕といたところで意味がない。この子は人間で、まだ若い。これからの人生を僕で縛ってしまうのは、ーーーーだめ、でしょ」
「お前は、それが本心かな」
牡丹の声が咎めるように聞こえた。僕だって、傍にいたい。ずっと、傍にいれたならどれだけ幸せなんだろう。そんな叶いもしないことをどれだけ考えたって、無意味だ。
僕は、和秋のそばにはーーーー。
「お前が昔に殺した人間は、別にお前が触れたせいで死んだわけではないよ」
期待しては、失望して、負の感情に呑まれていった人間は、山の様にいる。今の世の中は、負の感情が満ちているし、僕はその空気の中で生きていけない。
だから、和秋が僕といるためには、俗世を離れて、親にも会えない暮らしを選ぶしか無くなる。それはきっと、彼にとっては悪いことでしかない。あれだけ、妹を探す事に執着していたのだから、会えなくなるのは、嫌なはずだと。
「僕に縛り付けてしまうのは」
たとえ、和秋がそれを望んでも。
たとえ、和秋が僕といることを望んでも。
たとえ僕が、和秋を愛していても。
きっと最後には、足枷になってしまう。
「それが、お前の答えかな。群青」
ともだちにシェアしよう!