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第23話

 ――――その人は、酷く穏やかに迎え入れてくれた。 「いらっしゃい。……来ると思ってたよ。でもまさか、眞洋が一緒に来るとは」 銀色の髪のその人は、金色の瞳を綻ばせながら俺と眞洋さんを部屋へと促した。 およそ人とは思えない人にはないであろう角を額に二本生やして、穏やかに笑う。 「――――さて、こんにちは人の子。私は牡丹。見ての通り人ではない」 リビングのソファに腰かけた俺を確認してから、牡丹さんはまるでなんでもない事の様にそう告げた。銀色の髪が揺れて、頭が僅かに痛む。この銀色を、俺は知っているはずなのに。どうしてわからないんだろうか。 「ほら、眞洋も座りなさい」 眞洋さんも俺の隣に座り、向かい側には牡丹さんが腰かけた。黒い着流しに、肩にかかる程度の銀色の髪。顔の左目の下には紋様があって、角の所為もあるけれど、確かに人には見えない。 穏やかそうなその双眸がゆっくりと俺をとらえた。 「――――それで?戒にもらったメモを頼りに来たのだろう?連絡は受けているから、私が答えられることは答えてあげるよ」 「…………牡丹、」 「眞洋も気になっているんだろう。なぜこうなったのか。この選択をしたのかが」  ――――にこりと微笑んでいるのに、何故だか怖い。聞いてはいけないことに片足を突っ込もうとしているのではないだろうか。でも、 ―――――でも、 「春、祭りで、………俺は社に行くって話を両親にしたんです。それは、両親も覚えていて、俺は次の日ちゃんとその祭りに向かったとも、教えてくれました。だけど、俺の記憶は…………両親に社に行くといった夜から昨日、起きるまでないんです」 まるで、抜き取られたかのようになくなってしまったソレ。だけど、あの赤い髪の人は。 「俺が……持っていたこの環は、誰のものですか?」 答えをこの牡丹さんが持っているといった。 俺のこの空白の時間と、眺めていると無性に胸が痛くなるこの小さな指輪がなんなのか。 牡丹さんは俺の掌に転がったその歪な輪を見つめ、ふぅと息を吐いた。腕を組んで、まっすぐに俺を見据える。 少しだけ、怖い。 「――――――お前の妹は、無事だよ。人の子。妹はお前に言ったそうだ「自分の事は、両親には言わないでほしい」と」 牡丹さんは俺の質問とは全く違う答えをくれた。でも、どうして。美夜には、会っていないのに――――――。 「っ、俺は」 「お前は後悔しないのか、聞いておこうか。それの持ち主が誰なのか、教えてやるのは簡単だよ。けれど、望んでいない」 「―――は?」 牡丹さんは腕組みを解き、俺が差し出した環を受け取ると、これは、と言葉を続けた。 「望んでいないよ。お前との再会を。―――――お前の記憶が戻る事を、望んでいない」 酷く優しい声音で突きつけられた言葉は「拒絶」だった。 望んでいない?その環が?持ち主が? 「でも、じゃあ、なんで」 その環が、その指輪が俺の手元にあるんだと。だって、それじゃあ俺は気になって仕方がないじゃないか。探すに、決まっているのに。 探してしまうと、どうして。 「人の話は最後まで聞きなさい、人の子」 呆れた様にため息を吐きながら牡丹さんが俺に環を返し、眞洋さんに目を向けた。そしてまた盛大にため息を吐く。 「人の子。それに、眞洋。会ってくるといい。居場所は眞洋が知っているし、どうやら、二人とも納得はしていないようだからね」 「納得、と言うより、私は確かめたいだけよ」 「―――まぁ、だろうね。とにかく、会っておいで」 肩をすくめてそう言った牡丹さんは、立ち上がると「優呉」と誰かの名前を呼んだ。 「え、俺っ!?なに?」 リビングの扉の影から出てきた青年は、しどろもどろになりながらもひょっこりと顔を出し、俺に僅かに会釈した。短い黒髪に、首元までぴっちりと隠れたこの時期には絶対に着ないであろうセーターを着ている。少したれ目のその青年は牡丹さんからメモを渡されていた。 「お前はお使いだよ。少し頼まれてくれ」 「え、あ、うん」 メモを受け取り、足早に部屋を出ていった青年の背を見送ってから、牡丹さんがゆっくりと振り向く。

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