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第28話
和秋の手が、僕の頬から離れて、手を握る。じんわりと広がる体温に、自分がやけに緊張しているんだと気が付いた。
「―――――群青さんには、俺も嘘をつきません」
和秋の碧が綻んで、僕はふっと息を吐いた。そのまま掠めるように触れた唇に、ははっと笑いが漏れた。
―――もう、好きだ。本当に。
それこそ、泣けるくらい。こんな強すぎて、重い気持ちは、いつかはじけてしまうとわかっていた。自分でも、心のどこかで、きっとわかっていた。
「俺、群青さんといたいです」
「…………家族は、いいの?」
「……俺は、とてもいい両親を持ったんです」
クスリと笑う和秋に首を傾げれば、コツリと額が合わさって、和秋が目を伏せた。つながった手の体温が溶け合って、僕もその手を握り返す。
「――――――話しました。全部」
静かに落ちた言葉に、息を止めた。
その言葉の意味を咀嚼する前に、和秋が困ったように笑いながら僅かに離れ、言葉を続ける。
「美夜の事は伏せて、ですけど」
さすがに言えませんよね。と笑う和秋の手をさらに握って、僕は口を開くけれど、声が言葉を成してくれなくて、その手を離した。開かれた扉の向こうで、一瞬の強い風に、木々が鳴る。その音が止んでから、目を開けると、不安そうな和秋と目があった。
「何を、話したのかは、内緒ですよ。でも、たまに会いに行くのを条件に、俺は貴方のもとに来たんです。そんな簡単に帰りません」
僕と目が合うと、にこりと笑う。その笑顔がたまらなくて、僕は和秋を抱き寄せた。歪んでいく視界に、小さく参ったなとこぼした。
「………一緒に、いてくれますか?」
背中に回った和秋の腕が僅かに震えて、それもたまらなくて、でも視界が歪んで、胸が痛くてどうしようもなかった。
本当に、かなわないんだ。和秋にかかれば、僕の決意なんてすぐに溶けてしまう。むき出しになってしまう自分の欲がなんて浅はかなんだろう、なんて、心で呟いた。
「いるよ。君と、ずっと一緒に居たい」
だから、そのために僕は
「この社から、出るよ」
その決意を、覚悟を、した。
◆
和秋が牡丹から預かってきたあの黒い紙に書かれていた住所は、僕が住めるであろう場所だった。和秋と僕なら、たぶん大丈夫だろうと。
ここからそんなに遠くはない。元々、そこには牡丹の知り合いが住んでいたから。近く取り壊される予定だったそこに、できるなら住んでもらいたいと。
「――――……それで、珍しくここに来たわけだ?」
目の前に座る牡丹はおかしそうに肩を揺らして笑うと、僕の隣に座る和秋に視線を移した。
「印はまだなんだね。群青」
「それは、まだ、だけど、」
「それで、あの紙は読んだかい?」
僕にまた視線を戻した牡丹は、呆れた様に肩をすくめた。
ソファに腰かける牡丹は珍しく和装ではなく洋装で、何だったか、首元まですっぽり隠れる服を着ていた。初夏にそれは暑くないのだろうか。
「読んでなかったら来ないでしょ。それで、その家の鍵は牡丹が持ってるんでしょ?」
「そうだね。私が持っているよ。二人で住むには少し広いかもしれないけれど……とても―――大切な家だから」
少しだけかなしそうに微笑んだ牡丹は、手に握っていた鍵を僕に渡し、立ち上がると「行こうか」といつもの穏やかな表情で告げた。さっきから一言も話さない和秋はどうやら緊張していたようで、僕が立ち上がると同時に手を握って安心したように微笑んだ。
「(勘弁してほしい。かわいいな本当に)」
その手をぐっと握り返して牡丹についてその家に向かった。
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