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第3話

 同じ高校からの進学者ではあるが、郁人と橘は学部が違う。郁人は経済、橘は工学だ。たまたま同じ大学へ進学したのかというと違い、郁人がわざと橘と同じところを受験したことによるものだ。橘と離れたくないという強い意志が郁人を動かした。たまたまレベルの丁度良い学部だったから難なく入れた。丁度良くなくても、郁人はそこを受験するつもりでいたが。  ――郁人はずっと、橘に対するただならぬ想いを抱えている。郁人にとって橘は、もう“友人”という枠では収まなくなっていた。  出会った時は、ちょっと無愛想だけど友人は大切にするイイ奴という認識だった。何となく話しているうちに気が合って、一緒に過ごす間自分を偽る必要もなく自分らしくいられる相手となった。郁人自身、橘のことは友人として好意を持っていた。いつからその“好き”が別のモノへ姿を変えたのだろう。気づいた時には手遅れで、橘に対しどうしようもない恋情を抱いていた。    それを告げることなど、できるはずがなかった。  リスクを犯してまで告白するよりも、この居心地の良い関係をとった。それがお互いのためだと思ったから。橘は何も知らないでいられるし、郁人は彼の一番近く、隣に並んでいられる。せめて一番の友人でいたい。  しかし耐え切れず、一度だけボロを出したこともあった。 『俺だって、お前のこと好きなのに。』  あの時は「友達としてだから!」「余りに告白されすぎて流石にちょっと嫉妬しちゃった。」とかなんとか言って誤魔化した。向こうもそれが本気の言葉だとは思わなかったようだ。  そのあとから、郁人は時々ふざけて「好きだよ」と言うようになった。彼女がいた時期もあったが、あくまでも“ふざけて”だからと調子に乗って言いまくった。でも本当はふざけてなんていなくて、行き場のない想いをただただ吐き出すための口実だ。  想いを伝えられない代わりに、抑え切れない“好き”を冗談の陰に隠して紡ぐ。橘はそれを適当にあしらう。冗談としか捉えられていない、わかっていても心の小さな傷はできてしまう。どうしようもないのだ、橘を好きである限り。  これは友人である橘に恋情を抱いてしまった罪だ。  一生背負っていく咎。  苦しむことはわかっている。橘はいつか己が心惹かれた女性と付き合い、やがて結ばれる。結婚して家庭を持ったら、きっと彼によく似た子どもを授かるだろう。  そんな姿を見たら、自分は笑顔で面と向かっておめでとうと言えるだろうか。きっと一層心が日名を上げるだろう。  それでも、もう止められない。  抑え切れないほど、想いは膨らんでしまった。胸に渦巻く想いは今や、“好き”というたった一言で表せるような綺麗事では無くなっている。  ああ、俺は一生幸せにはなれないだろうな。    諦めと呆れ、自嘲が混ざった笑みが思わず漏れた。 「郁人?」  名前を呼ばれ顔を上げる。  目の前に橘がいた。  3限後、何となく自宅に帰りたくなくて、大学構内の共有スペースのテーブルに居座っていた。橘は4限もあるために別行動となっていたが、今ここにいるということは4限が既に終わっているのだろう。  しかしここは橘が利用する出口からは離れている。 「結弦、何でここに……」 「その辺の女子が噂してるの聞いた。お前目立つからな。」  橘の言う通り、郁人は実際目立つ。橘と部類は違えど色白で顔は整っており、男女関係無く注目を集める中性的な美人である。今回のように噂になるのも珍しくはないほどだ。しかし当の本人は、自分の魅力にも周りからの視線にも無頓着なため自覚はほぼないに等しい。 「何だそりゃ。目立つのは寧ろお前だろ。」 「はぁ……、そろそろ自覚してくれよ。」 「え?何か言った?」  橘の呟きはあまりに小さくて、郁人には届かなかった。全く何もわかっていない様子に、橘は深く溜息をついた。

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