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第6話

「あの、ありがとうございます、秋月先輩。」  加藤の後ろ姿を見届け、郁人は秋月に向き直る。そこにはもう突き刺すような雰囲気などなく、優しく微笑む秋月の姿があった。 「いやいやどうってことないよ。久々の再会で、まさかこんなことになるとはおもわなかったけどね。 「あはは、すみません。」 「ほんとね、ますます綺麗になっちゃってさ。もう誰もが放っておかない美人だよね。」  秋月の言葉に郁人は苦笑を零す。 「それは先輩のことですよ。」 「いやいや、千田は結構ヤバいと思うよ。さっきの、多分悪質なゲイビ撮影だと思う。あの男の人割と有名だしね。……さっきみたいなこと結構あるんでしょ?」 「えっと……まあ、何度かは。」 「やっぱりね。」  大学に進学してひとり暮らしをするようになってから、外を出歩くことが増えると同時にこのようなことも増えたのは確かだ。電車での痴漢なんてお手の物、今回のような怪しい勧誘も数回だが遭ったことがある。  気をつけなよ、と秋月は郁人の頭を優しく撫でた。そこで郁人は思い出し秋月に食ってかかる。 「というか!さっき、あそこまで言わなくていい良かったと思うんですけど!」 「ん?どのこと?」  わざとらしくきょとんとはてなマークを浮かべる秋月。言わせようとしているのはわかるが、このままでは話が進まない。郁人は少々恥じらいながらもぼそぼそと話し始める。 「……愛おしい、俺の、最高に、か、可愛い姿、見せるわけ無いって……」 「えー、本当のことなのに?」 「っ……」  顔に熱が更に集まるのがわかる。きっと今の自分は真っ赤だ。  ――そう、秋月は知っているのだ、郁人の最高に可愛く、淫らに乱れる姿を。  郁人は秋月に抱かれたことがある。  秋月と郁人は過去に数回、そういう関係を持っていた。と言っても、橘への恋心を自覚してからは秋月の卒業とともにすっかり切れた繋がりだ。郁人がマイノリティだと知らない橘には隠していたので、若干の後ろめたさがある。大事な友人で好きな人だからこそ、不純な部分は隠してしまいたかった。  橘のせいですっかり埋もれていた過去を掘り返され、郁人の心は恥ずかしく居たたまれない気持ちで一杯だ。しかし秋月はどうやら悪いとは思っておらず、寧ろ楽しげに目を細めて郁人を見つめる。 「ほらほら、そんな可愛い顔したら襲っちゃうぞ。」 「うぇ、それは、ちょっと……」 「あはは、冗談だよ。でも、」  郁人の反応にからからと笑えば、秋月はさっと雰囲気を変え郁人に迫った。 「気持ちよくなりたいなら、俺は歓迎するよ。」 「えっ、あっ」  瞳に宿る熱、艶やかな笑み。  思わずクラっとなるような色気を醸し、至近距離で頬を撫でられる。  これは、不味い。  本能が危険を察し、頬に触れている手首を掴む。 「そ、その……、今はもう好きな人がいるので……」  行為を止められた秋月は、しばしきょとんと瞳を瞬かせ、やがて微笑みを浮かべ手を引っ込める。危う気な雰囲気は既に霧散していた。 「あらら、残念。でももしその気になったら俺はいつでも相手するから。」  冗談とは言えない声音で告げられ、秋月から目が離せなせなくなる。秋月がすぐに、この話は置いといてと話題を変えたので一瞬のことではあったが。  この後お互いに暇を持て余しているということで、近くのカフェに入り懐かしい話に花を咲かせた。彼と過ごす時間は郁人にとって決して窮屈ではなく、居心地が良かった。流れでまた会おうという約束を交わし、その日はそこでお開きとなった。  郁人か家に着くと、橘から謝りのメッセージが届いているのに気づいた。一度は秋月に会ったことを書いたが、送信する前に“秋月”の部分を“知り合い”に訂正して送信した。隠すほどのことでも無いのに思わず隠してしまい、後ろめたさが更に増す。  今まで非表示にしていた相手からのメッセージを見ながら、郁人は複雑さを持て余し不安げに揺れる目をそっと伏せた。

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