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飴色になるまであっためて
「また来たんだ」
いつも通りあめやの暖簾を潜って、お目当ての飴玉を買う。癖になってしまった。湊とキスするのだって、慣れてしまった。でも、あの時の幸せな気分をまた味わいたいと終わった後必ず思う。まるで麻薬だ。一つ百五十円。麻薬にしては安すぎる。一回だけ、と言い聞かせ続けて、どれくらいたっただろう。本当に、自分は最低だ。
「けいた、京太」
ぽんと頭をはたかれて俺はおもむろに目を開けた。顔を上げると不満げな顔をした担任の先生がいる。どうやら授業中に寝てしまったらしい。
「ほら、次の問い答えて」
担任が示したのは、日本史の問題だった。そういえば、センターの対策問題をしていたんだっけ。夏休みの始まる前に試験が終わっている俺にはあまり意味を成さない。でも、そんなの先生には通じないので渋々教科書を開いた。瞬きする度、間近に迫った時の湊の顔が思い浮かぶ。あぁ、気が散る。
「受験が終わったからって勉強サボんじゃないぞ」
いつまで経っても答えない俺に諦めたのか、先生は隣のやつに答えを聞いた。国公立を目指しているという隣の晃はスラスラと答えを言う。晃は顔も整っているし、頭もいい。スポーツだって万能だ。俺がもし晃だったら、湊と釣り合うのかな。それ以前に男同士だから無理か。
自分が男しか好きになれないと気づいたのは、割と早い時期だった。小学生の時だった気がする。体育の時の先生がどうしようもなく好きで、告白もした。先生は笑ってありがとうと言うだけだったけれど。その後くらいに、湊が隣に引っ越してきてよく家に遊びに来るようになった。姉ちゃんと湊が同い年で、二人が遊んでいるときに俺が無理やり入っていく、みたいな。だめだ、飴玉を舐め始めて以来ずっと湊のことを考えてしまう。
「京太、こら寝るな」
俯いて考え事をしている俺をまた寝ていると勘違いした先生が俺の頭を小突いた。
「あとで職員室来い」
先生にそう言われて、俺はえぇと口を曲げた。寝てないよ、とつぶやく。絶対先生に聞こえていたはずなのに、聞こえないフリをされた。この先生は生徒に雑用をさせることで有名なのだ。
「お前大丈夫か?」
心配そうに晃が言った。うんうん、と頷いても晃が満足そうな顔をしない。
「ここのところおかしくないか?お前」
「ダイジョブダイジョブ」
「片言になってんぞ」
「ヘーキだってば」
まさか姉ちゃんの彼氏を好きになって、魔法の飴使ってイチャイチャしてますなんて誰が思うだろう。
昼休みもぼーっとしながら過ごして、五限も六限もぼーっとしながら過ごした。受験が終わっていない人たちはせっせこ勉強をしていて、教室は少し居づらい。帰ろうと思った矢先、先生に呼び止められてそういえば職員室に来いと言われていたことを思い出す。
帰ってもきっとぼーっとするだけだ。別にいいか、と俺は素直に職員室へとついていく。先生は大きな段ボールを職員室から持ち出してきた。
「先生、何それ」
「今度授業で使う資料。ホッチキスで留めるの手伝って」
近くの空き教室の鍵を開けて入る。少し埃っぽい匂いがした。暗幕がかかっていて、暗い。電気を付けると教室の隅のクモの巣が光った。
「ほら」
先生にホッチキスを渡されて、俺は先生の言う通り五枚まとめてホッチキスで留める。少しズレると、おい、と怒られた。
「で、何悩んでるんだ」
「・・・は?」
「ここ最近お前授業ちゃんと聞いてないだろ。先生だからそういうの見てんだぞ」
先生はホッチキスを慣れた手つきで留めながら言った。俺は思わず手を止める。手は動かせ、と先生に言われてまた一つ留めた。
「別に何でもないよ」
「何でもないことないだろ、あ、わかったぞ。恋愛の話だろ」
「勝手に話進めないでよ、何でもないってば」
図星を突かれて、思わず早口になった。手を止めなかった先生が、その刹那持っていたホッチキスを机の上に置く。
「当たりだな。で、誰が好きなんだ」
子どもか、と突っ込みたくなった。この先生は。
「誰でもいいでしょ別に」
「先生恋愛の話大好きなんだ。内緒にしておくから教えてくれ」
「・・・先生が手を止めるなって言った」
「悪かった悪かった」
先生がまたホッチキスを手にする。ぱちん、ぱちん、と無機音が教室に鳴り響いた。
「俺もお前ぐらいの年に失恋したんだよなぁ」
ぼそっと先生がそうつぶやいた。独り言だから気にするなよ、と先生が付け足す。
「高三で、受験生で、確か同級生の男が好きだったんだよ」
は、と息を呑んだ。先生・・・男のことが好き?
「ゲイってわけでもないんだが、まぁ好きだったんだ」
先生の左手の薬指には指輪がついている。ぱちん、とまた一つ紙を留める。
「告白する勇気もなくてな、でもどうしようもなく好きで・・・。同じように授業中ぼーっとしてたら担任の先生に怒られたんだよなー」
懐かしいなー、と笑いながら先生が言った。大きくなったら俺もこの話を笑い話にできるのかな。
「そんな時、ある噂を聞いたんだ」
ぱちん、とまた紙を留める。あ、ズレた。また怒られてしまう。
「魔法の飴」
先生の言った言葉が信じられなくて、思わず紙を落とした。ぱさ、と床に散らばった紙を先生が拾ってくれた。
「店、行っただろ」
先生がおもむろにポケットから飴玉を取り出した。
「その、飴」
先生が手に持っているのは『好きな人に愛される飴』だった。
「京太、おかえり」
家に帰ると、あの水色のソファで姉ちゃんが寝っ転がっていた。
「ただいま」
カバンを置いて、手を洗う。姉ちゃんがソファの上でマドレーヌを食べている。冷蔵庫を開くと、姉ちゃんがバイト先からもらってきたいつものケーキが入っていた。
「それ、食べていいよ」
ラズベリーとブルーベリーが乗った生クリームケーキだ。冷蔵庫から取り出して、俺もソファに座った。
「最近湊がおかしいのよねぇ」
ケーキを食べようと口を開くと、姉ちゃんがそうため息をついた。
「え?」
持っていたケーキを落としそうになって、慌ててテーブルに置く。姉ちゃんの方を向くと、彼女は不満そうに眉をひそめて携帯とにらめっこしていた。
「返信がね、ないの。一緒にいてもなんか上の空っていうか」
「え、とそっか」
一口食べると、甘い味が口内に染み渡る。ふと、この間の飴の味を思い出して、ズボンのポケットを撫でた。あ、そういえば結局あの飴玉もらってきたんだ。
「なんであんたまで上の空なのよーっ」
ぐにぃ、と頬をつままれてイタイイタイと叫ぶ。手加減をしてくれない姉ちゃんの摘み攻撃は割と痛い。伸びちゃうから、と姉ちゃんの腕を掴むとやっと離してくれた。
「もう飽きたのかなぁ・・・」
「そんなことないよ、忙しいんだって、たぶん」
自室の部屋に、飴玉のごみが溜まっていく。それを見るたび、空しくなる。姉ちゃんのこと、好きじゃなくなったのかな。俺のせいかな。
姉ちゃんは最近韓国旅行がしたいと言って貯金のためにバイトを増やした。湊は姉ちゃんと違って、暇そうだった。
「おお、京太。よく来たね」
姉ちゃんがバイトでいない日、よくこうして湊の家に行く。ポケットの中に、飴玉を仕舞い込んだまま。
いつものように飴を舐めながら、湊とイチャイチャする時間。飴のせいでディープキスできないのが悔しかった。
「京太はキスが好きだね」
湊に抱きついて、ちゅ、ちゅ、と音を立てて短いキスをするとくすぐったいと笑われた。
「うん、好き・・・」
「京太の唇はいつも桃の甘い味がする」
ぺろり、と唇を舐められてそのまま耳たぶを食まれて、くすぐったさで身震いした。
「ここも甘い気がする」
耳元でそう囁かれて、キュンキュンした。顔もかっこいいのに、声までかっこいいのは罪だ。
耳たぶに吸い付かれて、軟骨を甘噛みされる。時々かかる鼻息のせいで、ん、と上擦った声が出る。
シャツを捲った湊が、俺の胸を軽くつまむ。親指にすりすりと擦られているだけで硬く尖ってしまう。気づけば抜きあう仲になっていた。
「きもちい?」
はふはふと息を漏らす俺に、湊が聞く。頷けば、満足そうに彼は笑みを零した。
乳首を愛撫されながら、いつも思う。姉ちゃんともしてるのかって。男だからやっぱりおっぱいが好きなんだねって。
「ここも勃ってきた」
ズボンの上から擦られて、やわやわと先端を握られる。あうあうと言葉にならない喘ぎを漏らしてすぐに吐精した。
その時、ばたんと大きな音が鳴ってドアが開かれる。やばい、と思ったらドア先に立っていた姉ちゃんと目が合った。
「何、してんの・・・」
小さくなってしまった飴を思わず飲み込んでしまう。すぐに湊がはっと息をひそめる音がした。
「・・・最低」
ぎぃ、と俺たちをにらみつけた姉ちゃんが走って去っていった。待って、と声に出す前に姉ちゃんは姿を消した。我に返った湊があられのない姿の俺を見て、訳がわからないと眉をひそめる。
「何、どういうこと」
「ねぇ、どういうこと・・・」
なんて答えればいい。湊が、あぁくそとつぶやいた。
最悪だ、最低で最悪だ。鼻がつんとして、涙が出そうになった。こんなに好きなのに、こんなに好きなのに、こんなに好きなのに。
床に転がった服を着て、逃げるように湊の家を出た。否、出るしかなかった。
靴のかかとを踏んでいるのも気にせず、走った。自分の家に帰れない、あの店へと走る。あめや、へ。
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