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秘密、(流羽side)
………
……………………
ジャー…とシャワーから降り注いだお湯が、髪から肌を伝って落ちていく。
髪にかけられたべたつく白い粘稠液も、舐めまわされた肌も、…全部がなかったことみたいに見た目はそうされる前に近い状態に戻る。
指でこねくり回された乳首と、雑に扱っていい玩具のように掻きまわされ続けたぬるぬるの肚が、嫌になるほどそれらの行為の余韻を残している。
…後ろの孔だけじゃない。
傷つけられた肌も、手首や足首それ以外にも残る掴んできた手による赤い跡、全身にこびりついた臭すぎる体液、…口の粘膜に残る性器の味も、喉の奥でいまだに絡んで吐き気を込み上がらせてくるネバネバで不味い精液も、感触も、すべてが嫌で嫌で嫌で、
「……っ゛う、…う゛…っ、」
全部、なかったことにしたくて。
肚のナカに残る擦れているような感覚や、男達のコンドームや性器の感触を消したくてたまらない。
蕩けきった熱い穴に沈ませた指で、掻き出すようにグチャグチャ動かす。……そういうことのための動きじゃないのに、…こんなことでさえ甘く疼き始める身体に心底、泣きたいほど嫌気が差す。
…と、「…え…?」……指先に、…別のものが、…明らかに肚の壁ではないものが、触れた。……それに気づくと、…呼応するように狭まり、擦れている肚内にある…何か、……固く、冷たい感触。
「な゛、…なん、で…っ、」焦って、血の気の引く思いでうまく力が入らずに震える指をできるだけ奥に入れても、…従順なほど快楽に蕩けた肉壁が締め付けながらにゅるにゅる纏わりついてくるだけで、うまく取れない。
得体の知れない物体が入っていることだけでも嫌で怖くてたまらないのに、「…ん゛ん…っ、や゛…っ、だ、」涙を滲ませながら何度か試行錯誤していれば、…潤滑剤らしいとろとろの液体が尻の穴からぶちゅぅ…、と音をたてて出てくる。
同時に、…「ん、…っ、ぅ…っ、」ぬる、っとこすれて、指先に、…細くなめらかな、固いものが触れる。…取ろうとすればするほど、疼く肚のナカで擦れ続ける。…焦りながら、穴を指で左右に開いて、どうにか掻きだそうとあがくことを繰り返して、…ようやく、てらてらと光っているピンクゴールド色の指輪が、タイルに落ちてきた。
しばらくその現実を受けとめられずに、…「…な、…に、…これ…、」気づかない間に遊びで挿れられていたらしいことに、涙がこみ上げて声を詰まらせる。「…っ、…は、…は…」可笑しくて笑えるのに、…苦しくて、思うように息ができない。
「…………ゆ、う、…さん…」
行為の最中、何度も何度も呼んだ名前。
吐き出しても落ちない精液が喉に絡んだのもあって、余計にひりひりと焼けるように痛い。
掠れていて呟くことすらままならなかった。
耐えきれずに吐き気が込み上げ、嘔吐するにも胃液と精液ばかりが口から出てくる。
(……俺は、優さんがいないと生きていけない…)
壁にこつんと額をつけ、腕を握った手によって爪が皮膚に食い込んだ。
泣きすぎて枯れた瞼からは涙さえ滲まなくて。
漏らした息と、震える唇。
熱い感触が頬を一瞬伝ったような気がしたけど、
お湯と一緒に流れて…それがどっちのものかもわからなくなった。
――――――――――――――――――
パジャマに着替え、リビングのドアを開けた。
ソファーに腰を下ろして、本を読んでいたらしい。
音に気付き、彼の視線がこちらに向く。
(………ああ、もう、)
無意識に喉を鳴らしてしまうような整った綺麗な顔に、…文句のつけようがないほど均整の取れた身体。
……ただ、読書をしていた彼がこっちを見た、…きづいて、くれた。
それだけの情景なのに、どう足掻いても心が動いてしまう。
「……っ、」
でも、…すぐに興味を失ったように逸らされた。
他の男の人に抱かれた後
優さんの気分次第ではあるけど、童話で見る御姫様に接するように優しく、甘く俺を扱ってくれることが多いのに。
「…………優さん、」
おそるおそる触れようとして…、…躊躇した。
相変わらずこっちを向いてくれない優さんに、気分が沈んでくる。
……結局、隣に座ることしかできなかった。
でも、一応認識はしてくれているらしい。「何?」と返事をしてくれる彼の横顔は誰よりも格好良くて、綺麗で、心の痛みが解けてしまいそうになるほど好きで。
すべてを…赦してしまいたくなるほどにたまらなく、好きで。
「なんで、ずっと…」
少しだけ機嫌の悪そうなふりをして、ごにょごにょ文句みたいなことを言ってみる。
「……なんで、って?」
「………もういい」
ふいと顔を背けた。
「俺が本ばっかり読んでるから、構ってほしくなった?」
「…………うん」
素直に頷けば、そんな俺を可愛がるように目を細める。
真顔だと冷酷に見える薄い唇が今は笑みを作り、微笑んでいた。
その表情ひとつで…きゅ、と狂おしいほど反応させられてしまう胸の底が憎らしい。
(……わざと、だ)
今ので確信した。
優さんだって、何を不機嫌に思ってるかはわかってたはずだ。
俺が拗ねるってわかってて、読書してた。
蕩けるほど優しくしてくれると期待していたこの時間に、本に夢中になっていれば俺が悲しく思うのもわかってたはずだ。
「流羽」
「…な、何…?」
ドキ、とする。
静かに、綺麗な声で俺を呼ぶ彼の声に、…全てを見透かされている気がしてくる。
優さんを好きと言いながらも毎度毎度他の男に抱かれる、そんな汚い身体でも彼に愛してほしいと思ってしまう汚い気持ちを、
…これだけしてるんだから、優さんは他の女の人を好きにならない、いつか絶対に俺だけを好きになってくれると期待している…醜い独占欲を、
ばれてしまっているんじゃないか、って、「ちゃんとタオルで拭いた?」「え…?」色々ぐだぐだ考えていたせいで、優さんの言葉に反応できなかった。
顔を上げた俺に、彼は少し困った表情で優しく微笑む。
下を見ると確かに本当だ。ぽた、ぽたと髪から落ちた雫によってパジャマの首元が全部濡れてびちゃびちゃになっていた。
「わざとやってるんじゃないかと思うくらい、世話が焼ける」
「……べ、別にわざとじゃ、」
「わかってるよ。流羽は、自覚してそんなことしないって」
タオルで髪の毛を丁寧に拭かれながら、隣で笑みを零した気配に頬が熱くなる。
……う、嬉しすぎる。俺のために拭いてくれて、…凄く、嬉しくてたまらない。でも、なんか、優さんに構ってほしくて適当にやってると思われたらどうしよう。でも、間違ってはいないから違うとも否定しづらいな。
むーっとどう返そうか迷っていると、不意にその言葉の含みに気づく。
(…『流羽は、』って、なんか、誰かと比較、してるような、言い方…)
「流羽?」
「…優さん、……少しで、いいから……ぎゅって、して…ほしい……」
言葉を返される前に、暗くなった感情を誤魔化すように縋りつく。
……この考えが、当たっている気がして。
でも、きっとそうだとしても、……俺が、優さんを責められないのを知ってるくせに。
俺は、彼が俺だけを見てくれて、そうしてくれれば、それだけで満足なのに。
「…っ、…ぁ、」
背中に回された腕に、優しく抱き寄せられる。
これが、……ただの気まぐれでもいい。
今こうして拒まれないこの瞬間が、何よりうれしくて、手放したくなくて、
離されないで受け入れてくれていることが嬉しくて、ずっとこうしててほしいと願ってしまう。
そう考えてしまう自分に、ばかだなぁ…と熱い涙をのみ込んで笑った。
「…俺は、優さんが傍にいてくれれば、それだけで充分だよ」
飲み込んだ言葉に滲んだ感情は、多分、嘘だった。
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きっと、俺達はどうやっても幸せになんかなれなくて。
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