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そう、五年ほど前。俺はこいつを思いっきりフった。
フッたというよりは、遠ざけたといったほうが正しいか……。
高校時代、俺達は付き合っていた。
田舎の共学という恋愛に対して偏見と嫌悪の強い環境の中、
誰にも気づかれないように隠れて、
嘘をついて、
絹糸の上を歩くような緊張感と、
バレたらただじゃすまないという必死さを持って、愛し合っていた。
でも、ある女が俺たちの関係に気づいてしまった。
その時の俺はものすごく青かったしこいつを守ることしか頭に無くて考えが至らなかった。
『あたしと付き合ってくれたら春真とのことみんなに秘密にしといてあげる。』
女のその言葉を信じて、俺はこいつをフッた。
あの女のことが好きになった。どうして男のお前と付き合っていたのか自分の気がしれない。と、二度と俺に関わるな。と、
散々なことを言った。
いつも笑っているはずのこいつの顔がどんな表情を浮かべているのか自分で確かめることが出来なかった。
吐き捨てるように別れの言葉を春真によこしてその場から逃げるように走り去った。
その間春真は何も言わなかった。
「しゅーちゃん?」
春真の声で我に返る。真っ赤になった手は少しだけ体温を取り戻していた。
「とりあえず、中入れ」
気がつくと俺は少しだけ俺の体温の移った赤い手をほぼ無意識に引いて部屋に向かっていた。
こんな風にしたのはいつぶりだろう?
結局あの女とは性格が合わず卒業式手前でわかれた。
無論俺と春真のことをバラすぞと脅されたが
俺は都会へ出るし春真は家の仕事を手伝う。
家から大分遠い学校で何がどう広まろうが俺達には関係ないことだった。
そういえばあいつとは手も繋がなかったな…。
ふとそこで思考が途切れた。こいつどうやってここまで来たんだ。
地元からこの街までこの時間に来るなら特急電車か、夜行バスに乗らなければならない。
往復一万円強。時間もかかる。
「お前おじさんとおばさんには言ってから来たのか?」
「もちろん。」
部屋に引き入れた春真はどことなく目線をそらして頷いた。
「はい、ダウト。お前嘘つくとき俺の目見ないよな。」
小さい時からのこいつの癖だ。
根っからのバカ正直なんだろう。
嘘をつくときは目を逸らす、ごまかすときは頬を掻く。
こいつのしぐさは心情に直結している。
外界からの刺激の何割かを占めている触覚からの需要が少ないせいか春真はあまり表情が変わらない。
こいつの内心を読み取るためにはこいつの体の動きに注意する。というのが小さい頃からの定石だ。
「ほら、電話しとけよ」
「もしもし、父s…う、ごめんなさい。今しゅーちゃんち。うん、昨日の夜行バス乗って。一応シフトんとこには三連で有給入れちょる。うん...」
電話口から聞こえる声に春真の父親の怒った顔が呼び起こされる。
春真とヤンチャしてはよく怒られてたなぁ…なんてことを思い返していると俺に携帯が渡された。画面はまだ通話中だ。代われってことなんだろうな。
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