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第一章 五

 今日の撮影はラブホテルを貸りて行われる。古いホテルで、利用者も多くはなさそうだ。  本番で使う部屋とは別に、いくつか貸りられていた。志岐と二人で監督やスタッフに挨拶してから、志岐はスタイリストとともに別室へ、椿は先に控室で待っていろと言われた。  相手役の桜田はすでに到着していて、控え室に入ると、衣装であるスーツを着て鏡台の前に座っているのが目に入った。 「よろしくお願いします。先週から志岐天音のマネージャーになりました、椿です」  部屋に入ってすぐに頭を下げる。桜田がゆっくりとこちらを向いたようだった。立ち上がり、椿の前までやってくる。靴先が見えたところで、椿は頭を上げた。 「桜田ヒロです。よろしくお願いします」  桜田はそう言って柔らかく微笑んだ。  映像で見ていたよりも、ずっと男前だと思った。背は高いが、威圧感はない。優しげに垂れる目尻と、少し高めの甘い声。柔らかい物腰がそう感じさせるのだろう。緩くパーマをかけたふわふわとした明るい色の髪も、桜田の雰囲気によく合っていた。 「志岐は今スタイリストさんのところに行っています。私もこちらで待機させていただいてよろしいでしょうか?」 「いいよ。っていうか、そんな硬い話し方しないで。いくつ? 俺とそんなに変わらないんじゃない?」 「二十五です」 「やっぱり。俺二十六」  クスっと笑った桜田を、少し不思議に思う。  椿にとって不本意なことだが、初対面の相手に歳相応に見られることはあまりないのだ。大抵年下に見られる。 「椿君顔は可愛いけど、あめよりしっかりして見えたから」  親しげに君づけで呼ばれたことよりも、そのにっこり微笑まれた唇から出た名前に首を傾げた。 「あめ?」 「うん。知らない? 志岐、現場ではあめって呼ばれてるよ」 「それは……なんでですか?」 「そりゃあ顔が似てるからね。あめもそれを嫌がらないからさ」  嫌がらない? 志岐が、“あめ”と呼ばれて? あんなにも、似ていることが気持ち悪いと言っていたのに? 俺とAmeの話をするのが嫌だっただけか? でも、なぜ?  桜田が目の前にいることも忘れて、椿は考えに耽る。 「熱心だね」 「はい?」 「一生懸命あめのことを考えてる」 「あ、いや、なったばっかりですけど、志岐のマネージャーなので」  距離が近い。一歩詰められて一歩引こうとするが、失礼かと思いその場に踏み止まる。しかしまた一歩距離を詰められた。 「俺、あめより椿君の方が好みだなあ」  耳元で囁かれた言葉に鳥肌が立ち、思わず桜田を遠ざけようと腕を挙げそうになるが、それもなんとか堪える。  仕事だ、仕事……  手は身体に張り付いてるものと思って絶対上げるな。足も地面にくっついているものと思って絶対上げるな。   椿は念じるように自分に言い聞かせる。 「ねえ、仕事終わったら一緒に食事しない?」 「あ、えー? ええっと」  予想外だった。志岐が誘われたら自分が断ろうと思っていたし、これまで女の子を担当しててそういう場面はあったが、椿が誘われるなんてことはもちろんなかった。 「椿君」  耳元にまた熱い吐息を感じたとき── 「桜田、それ元ヤンで言い寄ってきた奴を何人も病院送りにしてきた凶暴な奴だから、手ぇ出さない方がいいよ」 「病院送りっつっても一日で退院できる程度のもんだ!」  反射的に振り返って、訂正……にもなっていないが、言い訳をする。  メイクと着替えを終えた志岐が部屋に入ってきたところだった。 「はは、そうなんだ。可愛い顔してるのに鋭い目つきするなあとは思ったんだ」 「……相変わらず緊張感ないな」  あっけらかんと笑う桜田に、志岐が呆れたように溜息を吐いた。 「あめ相手だからリラックスしちゃうんだよ。よろしくね」 「……よろしく」  制服姿の志岐は、軽く頭を下げた。普段真ん中で左右に分けている前髪を、少し切って眉にかかるように持ってきている。元から幼い顔をしているのに、こうしているとさらに幼く、違和感などなく高校生に見える。 「 可愛いね、あめ」  桜田は椿の方を向いてにっこり微笑んで同意を求めてくる。椿も「まあ、はい」と曖昧に笑って答えた。 「……椿、ちょっと」  珍しく志岐の方から話しかけられ、一緒に部屋から出る。人がいなくなったのを見計らって、志岐が口を開いた。 「何あれ」 「何って何が?」 「お前あんな風に言われて気持ち悪くないの?」 「いや、そりゃあ驚いたけど」 「ちゃんとはっきり断れよ。俺の立場が危うくなるとか思って気ぃ使ってんの?」  何を言うかと思えば。 「あのな、そりゃあ気ぃ使うに決まってんだろ。あそこはにこにこしてんのが正解だ。ほんとに身の危険感じたら、お前が言ったとおり病院送りにできるくらい力はあるから大丈夫だ」  な? と笑ってみせる。  多分だが、志岐なりに心配してくれたんだろうから。安心させるように、ぽんぽんと頭を撫でようとすると、手を弾かれた。 「髪崩れる」 「確かに」  椿が手を引っ込めると、志岐はさっさと控室に戻っていった。  今日の撮影は最初に、着衣での申し訳程度の物語の導入部分と、セックス後の二人の会話をとる予定になっていた。最初と最後を撮って、間のセックス部分は続けて撮りたいらしい。  志岐は高校生という設定である。桜田はサラリーマンで、年の差がありつつも、ラブラブな二人が甘いセックスをするという話だ。  ……つまり、話の筋は結構どうでもよく、甘いものを撮りたいというだけのようだ。 「まあ、話は適当でもエッチは魅力的に綺麗に撮りたいって人だから」  と桜田は言っていた。  桜田は、演技の経験は高校の時の部活のみなんだと笑っていたが、導入部分だけでも演技が上手いとわかった。対する志岐があまり上手いとは言えないから、余計そう思うのかもしれない。  椿はといえば、監督にもAVに出てみないかと、本気か冗談かわからない顔で迫られていた。これにもやんわり返していると志岐の機嫌が悪くなり、溜息を吐くしかなかった。

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