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第一章 六

 導入部分の撮影が終わり、セックスをする前に、二人ともシャワーを浴びに行く。桜田はすぐに出てきたが、志岐はなかなか出てこない。  そのため、再び控え室で桜田と二人きりになった。 「志岐、遅いですね」 「まあね。ネコやる子は大変だよね」  そういうことかと納得した。 「手伝いとか、必要ですか?」 「あめは嫌がるんじゃない? それに慣れてるから大丈夫でしょ……椿君はヤったことあるの? 男と」 「は!? 俺っすか!?」 「はは、そうそう。敬語じゃなくてそういう喋り方してよ」 「すいません」  とんでもないことを言われて素が出てしまった。 「……ありませんよ」 「そうなんだ。手伝うとか言うからヤったことあるのかなあって思っちゃった」  答えてから、その含みをもった笑顔に首を傾げる。穏やかな笑顔だが、何か探られている気がした。  ……この人、うちの事務所がやってるサイトに動画出てるよな。 「ちなみに、自分が出てるサイトの動画観たりしてます?」 「うん。するするー。あめは絶対観ないって言ってたけどね」 「……俺のこと知ってて言ってます?」 「確信はなかったけどやっぱりそうなんだ?」  ……バレてる。  実は事務所に来た頃、一度だけ、椿も動画を撮られたことがある。今よりもっとどん底だった事務所を助けるために、一度だけ。それに気がつかれたようだ。 「よくわかりましたね。あんなの誰も観ないと思ってました。新着入るとどんどん埋まっていくし」 「まあ確かに、自慰だけであんまり見どころはないけどね。でもほら、椿君好みだから覚えてた」 「はあ。このこと、志岐には黙っててもらってもいいですか?」 「いいよ。恥ずかしい? 確かに、あれ恥ずかしいよね」  ……この人完璧覚えていやがる。  パソコンをぶん投げたくなる衝動に駆られるあの動画。やはりもう削除してもらおうか。 「黙っててあげるからさ、敬語やめてよ」 「……それはけじめが」 「固いなあ」 「俺ほんと言葉使い荒いんです。敬語にしないとだいぶ怖がられます」 「えー、それなのに顔が童顔なところがギャップ萌え、みたいな?」 「……本気ですか、それ」 「半分だけ」  半分だけと言われ、結局冗談なのか本気なのかわからない。 「でもほんと、俺気にしないからタメ語にして?」 「……わ、わかった……っす」 「はは、変なの」  ふにゃっと緊張感なく笑う桜田は、こうしてAV男優なんてしているのを不思議に感じさせる男だ。  椿もこういう仕事をしている以上、AVに出ているのが必ずしも悪いことだとは言えない。しかし、肉体的にも精神的にも、負担がかかっている部分が必ずあると思っている。  どうして志岐もこの人も、この道を選んでいるのだろう。金だろうか。少なくとも志岐は、金に困っているようには見えないのに。 「あとでアドレス教えてね」 「いいのかな……」 「いいのいいの」  志岐が出てきたのは、それから数分してからだった。  バスローブ姿ではあるが、髪はきちんと乾かして、シャワーを浴びる前と変わっていないように見える。 「あめ、どう?」 「平気。ちゃんと綺麗にしてきたから」 「あめもタチの仕事だけ受ければ楽なのに」 「俺にそれ求められてんの?」 「られてないね」  二人の会話は気安さを感じる。  志岐の最初の絡みのある仕事が、桜田相手だった。その頃からの付き合いだとすると、二年になるのだから、気安くて当然か。  それに、桜田には人の警戒心を緩めてしまう柔らかさがある。へらへらと笑っているが、軽薄には感じない。根っこにある温かさを感じるのだ。出会ったばかりだが、志岐がこれほどに打ち解けているのを見ていると、桜田に対するその認識は間違っていないと思えた。 「それじゃ椿君、あとでね」  そう言って桜田は、椿の頬にちゅっとキスをして部屋を出て行った。あとに続く志岐はそれを冷めた目で見て、椿には呆れたような視線を投げて寄越す。 「椿気に入られたな。俺も行くから。見てて気持ち悪くなったら黙って帰れよ」  静かにドアを閉めた志岐。  帰っていいと言った背中が、小さく見えた。  ◇  ベッドの上で、志岐の抱え上げられた白くて細い足が、ビクンビクンと震える。ひっきりなしに上げられる嬌声は、椿にはやはり嘘臭く思えた。  カメラマンが至近距離で映している。  その輪から離れたところから、椿は撮影を見ていた。 「気持ちいい……?」  果てないように耐え、眉を寄せる桜田は色気に溢れ、本当に男が好きな奴だったら、こんな顔見たら惚れるんだろうなと思った。  志岐が一際大きく叫んだとき、桜田がキスでその唇を塞いだ。食らってしまいそうに感じられる深いそれに、志岐は懸命に応えている。  嘘臭い嬌声を上げているときには思わなかったが、こうしてお互いを貪るようなキスをしていると、本当の恋人同士のように見えた。  愛しそうに身体を撫でるのは、演技なのか? そうとは思えないほど、桜田の手つきは優しかった。  何度目かの胸への刺激に、志岐の背中が丸まってベッドから浮いた。 「イキそう?」  桜田がちらりと監督を見た。それに監督が頷き、桜田は志岐の身体を抱き起こした。  志岐は汗やローションが光る小さな身体をカメラの方へ向け、座る桜田の上に腰を落とす。  志岐が完全に座り込むと、桜田は背中から志岐を抱きしめた。 「深……っ、あ、奥、奥に……っ、突いて……!」  欲を出してしまいたいところで動きを止められて、志岐は苦しそうに眉を寄せて桜田を求めた。しかし桜田は動かない。志岐は意図を理解して、震える足に力を入れて腰を上げるが、すぐに力尽きたように落ちる。  志岐の叫ぶような嬌声ととも、たらりと志岐の先端から先走りが溢れる。それを見て桜田は微笑んで、中を突き上げた。 「待っ……」 「待つ?」  桜田は、志岐の限界まで膨らんだものを握った。射精を促すのかと思ったら、そうではないらしい。志岐が焦ったように声をあげた。 「や、え、イきたい……っ」 「待ってって言ったじゃん」  根本を握って、射精できないようにしているのだと気がついた。 「痛……っ」  強くそこを握られ、志岐の瞳から涙が零れた。それに反し、一瞬、口元には笑みが浮かんだのが見えた。  ……笑った。  志岐が。  この前見た、男を誘うのとは、違う笑顔。しかし──。  志岐は身体を捻じり、桜田にキスをせがんだ。  桜田はそれに応えて志岐の後頭部を抑えて、喉の奥まで舌が入っているかのような、深いキスをした。唾液が顎を伝い、それが志岐の身体を流れるのが見えた。  桜田が下から突く。まだ根本は弛めない。  途切れ途切れに、悲鳴にも似た声をあげている。  苦しそうだ。それなのに、志岐はまた笑った。どうして笑う。演技か? でも、笑う場面か?  後ろを向いていられなくなった志岐が、顔を正面に向ける。  ──目が、合った。  涙が、零れる。  志岐の限界を感じたらしい桜田が、根本を握る手を緩める。瞬間、志岐の先端から白濁が飛んだ。今度はそれを促すように、扱く。桜田の骨張った手が汚れていく。  志岐はまだ微かに声を上げ、ビクビクと痙攣しながら、体重を預けるように桜田に寄りかかった。  そこに、笑顔はなかった。

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