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第一章 七
「さあ、俺はまだイケてないよ?」
「あ、ごめんなさい……」
桜田は志岐を寝かせ、弛緩した志岐の身体を正常位で再び穿った。
志岐は掠れた声を上げ、しかし身体はすでに力が入らないのか、ガクガクと揺さぶられるがままだった。射精して柔らかくなった志岐のものも、力なく揺れている。
「中に出していい?」
「い、いいっ、ちょうだい……っ、あんっ」
耳元で熱っぽく囁かれ、志岐はくすぐったそうに顔をしかめた。そして、桜田の腰に足を絡ませて答える。
桜田が息を詰め、志岐の中に吐精した。
桜田の、膨らんでいなくても十分に大きなそれが、志岐の中からずるりと出て、それを志岐が美味しそうに舐めた。再び二人がキスをしたところで、カットの声がかかった。
「大丈夫ですか?」
女性スタッフに声をかけられて、我に返った。
「あ、え、はい。あ、志岐にタオル渡すんですか? 俺持っていきます」
「あ、じゃあお願いします。……えっと、泣いてたから、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。聞いてみますね」
「あー、あめ君じゃなくて、あなたが」
え? と頬に手をやってみると、確かに濡れていた。
泣いてた? 俺が?
「あ、コンタクト! ずれたかなー、なんて! 大丈夫です! すんません!」
椿は誤魔化すように頭を下げ、素早く袖で拭った。深呼吸して自分を落ち着けて、志岐の元へ向かう。
「お疲れ。今のでいいよー」
監督が画面をチェックしながら言うのを聞いて、志岐はベッドから降りる。立ち上がったとき、大腿を肛門から漏れ出た白濁が伝った。
「……っ」
「あめ、手貸す?」
「へーき」
桜田にそう返しながらもよろめいた志岐に、駆け寄る。バスタオルを被せると、志岐はそれを胸の前で手繰り寄せた。
「見てんなよ」
「……見るっつったろうが」
よろよろと歩き出すと、床にぽたりと白濁が垂れた。それをスタッフが拭くのを見て、志岐は顔を歪めた。
歪んだ、笑顔を見せた。
控室のドアを開けると、桜田がちょうど私服に袖を通しているところだった。
早々にシャワーを浴びて身支度を整え、また椿に喜々として話しかけてくる。
「椿君どうだったー?」
軽い。この人がさっきまで志岐とセックスしていたとは思えない。
「桜田さん演技上手いんですね。志岐と、本当に恋人同士みたいに見えました」
「ほんと? ありがと」
嬉しそうにニコニコ笑う桜田は、すっかり色気などなくなり、人の良さそうなお兄さん、になっている。華やかな外見をしているから一般人にはとても見えないが、まさかAV男優とは、知らない人は誰も思わないだろう。
「桜田さん、マネージャーは?」
「そろそろ迎えに来るんじゃないかな? さっき連絡したから。ほら、来る前にメアド教えてよ」
「あー、はい」
仕方なく教えると、桜田は嬉しそうに登録していた。
「見てて勃たなかった?」
携帯を操作しながら、桜田は事も無げに言う。椿の方はぎょっとして手を止めた。
「ノーマルでもさ、あめ綺麗な顔してるし、勃つでしょ」
「……それ、聞かれるの困ります」
「敬語」
「う……そういうこと聞かれると困るからやめろ」
「はいはいー。了解」
「志岐の様子見てきます。お疲れ様でした」
「お疲れ。連絡するから、今度一緒に食事しようね」
真意のわからない、掴み所のない笑顔で返され、椿は曖昧に返事をしてシャワー室に向かった。
シャワー室の、薄く色のついたガラスドアを通して、志岐の姿は湯気に隠れながらも見えている。その背中に向かって、少し緊張しながら声をかける。先ほどの歪んだ笑顔が頭に残っていたから。
「志岐?」
「……何来てんの」
「あ、いや、手伝うこと、ある?」
ペタリと床に座っていた志岐は、ゆっくりと立ち上がり、ドアを開けた。
「掻き出してんの。中出しされたから」
「あ、うん。腹壊すとか言うもんな」
「……椿」
志岐は床に再び座り、椿に向かって足を広げた。濡れて少し色を濃くした、薄い茂み。さっきまで桜田に握りこまれていた箇所も、すべてを隠すことなく晒している。
「触る?」
志岐は、笑って言った。
笑顔のまま、指を一本自分の中へと挿れる。散々弄られていたせいか、そこは赤く熟れていた。
「自分じゃいまいち奥まで指入んないから、椿が挿れてよ」
誘われるまま、椿はズボンの裾を捲り、シャワー室へ足を踏み入れた。
「濡れると困んね」
志岐はそう言ってシャワーを止めた。
静かだった。水滴がぽたぽたと垂れる音と、志岐の中で動く指が出す音。それだけが聞こえる。
椿は志岐の指示に従って、志岐の中に指を挿れた。撮影で使っていたローションと、桜田の精液が残っているせいか、志岐の中は濡れて柔らかくなっていた。椿の指は容易に飲み込まれ、粘膜が吸いついてきた。
「んく……っ」
撮影時に出していた甘い声ではなく、苦痛に耐えるような声。それを聞きながら、椿は志岐を横たえて指を挿れ、ローションと精液を掻き出した。それは、静かに出したシャワーに混ざって、色などわからなくなって流れていった。
「椿……気持ち悪くないの?」
「別に」
志岐の体内をヘッドをはずしたシャワーで洗い、入った湯が出るように肛門を指で広げていると、志岐が尋ねた。椿と反対を向いて横になっているから、顔は見えない。
「椿」
「何」
「ゴム付けてさ、挿れる?」
志岐はゆっくりと起き上がり、しゃがむ椿の股間を撫でた。
「……触るな。濡れるだろ」
「脱げよ」
「もう終わるから。ほら、今入れたお湯出して終わり」
「立てない。抱えて連れてって。濡れるから脱げよ」
「……拭いて連れてくから大丈夫」
志岐の言葉は聞かなかったことにする。ゆるく勃起した志岐のものも、見なかったことにする。撮影後で、志岐も気持ちが昂っているのかもしれない。
タオルを取りに出ようと立ち上がると、志岐は椿の服の裾を引いた。
「勃ってるじゃん」
気がつかれた。
椿は焦って咄嗟に身を引いた。
……動揺するな。AV見て勃っただけ。気にするな。
自分に言い聞かせ、できるだけ明るく軽い声を出した。
「志岐、色っぽいのなー、なんて。タオル取ってくる」
笑って目を逸らして、再びシャワー室を出ようとしたら、志岐がクスっと笑う気配がした。振り返ると、椿の足元まで志岐が這ってきた。
「今日も俺ん家来る? 来たらヤろうよ。せっかく椿が綺麗にしてくれたんだからさ。ここに、挿れてよ。椿のこれ」
志岐は微笑んだまま、椿の膨らんだ股間を服の上から軽く食んだ。
……笑うな。笑うなよ。気持ちのない笑顔は虚しいだけだ。楽しくも嬉しくもないくせに、なんで笑う。
「それ、笑いたくて笑ってんの?」
志岐はなんの事かわからない、と首を傾げる。
「それって……撮ってるときのこと? 笑いたくて笑ってるよ。気持ちよくって、笑っちゃう。写真撮られんのも好き。これ見て男が抜いてんのか、とか思うと笑える。結局男に媚びて生きるしかないからさ。男の欲ぶつけられんのが嬉しいんだよ」
笑顔を深める。可笑しそうに。今まで見た笑顔で一番可笑しそうに、笑う。
それに苛立つ。
「それ、演技だろ。俺に演技してどうすんの?」
「なんで演技だって思うんだ」
「お前笑わねえじゃん」
事務所ですれ違ったとき、一緒に食事しているとき、たとえ楽しそうな声を出していても、少し表情が柔らかくなることはあっても絶対に笑わなかった。
AVを見ていて、そして今日の撮影を見ていて、気がついた。
志岐が笑うのは、辛いときだということ。酷く扱われているときほど、乾いた笑いを浮かべている。
今日も。今日だけじゃない。いつも、きっとそうなのだ。酷くされて、瞳からは涙を流しているのに、笑みを浮かべる。
「お前、辛いときほど笑うよな。それ癖?」
志岐はすっと笑みを消す。その瞳から、光が消えたように見えた。
「……俺は、辛いときに笑える人間になりたかった。笑って周囲を元気にできるような」
あの子みたいに。笑える強さが、欲しかった。周囲を笑顔にすることができるあの笑顔に、歌に、憧れた。
「でもお前の笑顔は、全然元気なんか出ねえよ」
志岐は「そっか」と返事をしたきり、別れるまで何も言わなかった。
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