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第三章 二
「俺とヤってても、俺のこと考えてあの顔してるんじゃないだろうなって思う」
「どういう意味?」
「さて、どういう意味でしょう?」
運転しているから、助手席に座っている桜田の顔は見れない。しかし、きっといたずらっぽく笑っているのだろうなとわかる。こういう時、桜田は妙に楽しそうな顔をするのだ。
「そういえばさ、椿君、いつもよりあめと一緒にいる時間増やした方がいいかも」
「え?」
信号で車を停める。隣の桜田を見れば、考えこむような顔をしていた。
「志岐に何かありました?」
「やっぱり椿君に言ってないんだな。俺じゃなくて椿君に言えって言ったのに」
溜息を吐いた桜田は、微かに笑う。
「俺には心配かけてもいいけど、椿君にはかけたくないと思ってるのかな」
「……ほんと、どういう意味ですか」
「あめ、最近誰かに付き纏われてるらしい」
付き纏う? 椿は頭の中で桜田の言葉を繰り返し、咀嚼する。
「ストーカーってことですか?」
「まあ、そんなとこかな。まだ実害はなくて、何となく人に見られてるって感じるくらいみたいだけど。自意識過剰な子じゃないしね。最近露出も増えてるから、変なファンが付いたのかもしれない。あめ、本名でやってるしね」
なんで桜田に話して自分に話さない?
最近は頻繁に家に来て一緒に過ごす時間は長くなっている。仕事以外の話もするようになっていたのに。信頼を得られていると思っていたのに。
「椿君、青になったよ」
「あ、ああ」
車を走らせながら、志岐のことを考える。距離が近づいたと思ったら、また遠ざかるのかと。桜田と比べているわけじゃない。しかし、やはり自分よりも桜田の方を信頼しているのかと、椿は落胆にも似た思いを持ってしまう。
やがて、桜田の家に着く。
「ありがと。気をつけて帰ってね」
桜田は、助手席のドアを開ける。じゃあまた、と返した椿に、眉を下げて笑う。
「落ち込むことじゃないよ。あめは椿君を信頼してる。でも信頼より、違う気持ちが強くなっているのかもしれない。だから、言わないんだよ。あの子は、そういう子だ。大切な人には、何も言えない子」
信頼ではない、違う気持ち?
心配を、かけたくないと思ったのだろうか。大切だと、思ってくれている……?
「……ありがとうございます。責めないで、聞いてみます」
「そうしてあげて」
この人には、敵わないなあと思う。一歳しか違わないのに。変態なところは置いておいて、こんな風に余裕のある懐の深い男になりたいものだと、桜田のこういう面に接する機会があるとたびたび思っていた。
「ねえねえ、お礼は?」
「へ? あ、ありがとうございます?」
「 違うよー。ねえ、キスさせて?」
桜田の表情が、穏やかな笑顔から撮影のときに見せる、男の顔に変わるのを感じた。開けたドアを再び閉め、桜田が運転席の方へにじり寄ってくる。
「お!? あ、本気じゃないよな!?」
「こういうことはすぐテンパるんだね。可愛いなあ」
のんびりとした口調に反し、目尻がすっと切れる。冷静に、獲物を追い詰めようとする瞳だ。
……この人、本気だ。
引き攣る椿をクスクスと可笑しそうに笑いながらも、桜田の目は獲物を狙う野生動物のよう。こういう、普段の穏やかな表情とのギャップがうけているのだろうと、椿は頭の変に冷静な部分で考える。
桜田の綺麗な指が、そっと顎にかけられ、上を向かされた。
「たまんないな。椿君がイク時の顔、繰り返し観てる。すごく気持ちよく抜けるよ」
「……変態」
「知ってる。でもほんと、好みなんだ」
目の前に迫る顔は、男の椿でも見惚れてしまうほどに整っている。椿の顔を穴が空くほどに見つめるから、その視線の熱さに思わず目を逸らす。
「お礼、いい?」
桜田の少し高めの声が、掠れている。
そう言われると弱い。桜田に世話になっている自覚があるから。キス一つでは、足りないほどに。
椿の無言を、桜田は肯定と受け取ったらしい。
そっと触れる唇。一度離れて、また唇を食む。啄むように何度かそれを繰り返される。口を開けと促されているのがわかった。
……やっぱそこまでしないと、一回とは数えてくれないか。
椿が躊躇いながら薄く口を開くと、桜田が一瞬クスっと笑ったのがわかった。それから舌が、椿の口腔内に差し込まれる。
熱い舌が、歯列を辿る。奥まで辿って満足したのか、今度は椿の舌を絡めとる。時折吸われると、声が漏れそうになった。
……駄目だ。気持ちいい。やっぱこの人プロなんだ。
身体が震える。薄く目を開けてみると、桜田も目を細めて、楽しそうに椿を見ていた。それに驚いて桜田の肩を押して遠ざけようとした椿の反応を合図に、桜田の手が、シャツを捲り腹の方から入り込んできた。
ひんやりとした手が、椿の腹筋を撫で、胸へ向かう。胸をひとしきり撫でてから、引っかかりをやんわりと抓られ、肌が粟立った。
「……っ」
「胸、感じる?」
耳元で囁いた桜田に、再び身体が震える。
「もう、」
「もっと気持ちよくさせてあげられるよ? うちに来ない?」
言いながら、桜田の手は椿の下半身へと伸びる。その腕を、両手で制止した。
「お礼、キスだけですよね?」
「あれ? 流されてくれない?」
「流されません……危なかったけど」
「危なかったんだ? 気持ちよかった?」
桜田はあっさりと引き下がり、助手席に収まる。
「上手いですね、キス」
「ふふふ、まあねー。椿君の口は甘かったな」
「甘い? 気の所為だろ」
「甘かったよ。ごちそうさま。また借り作って、今度はフェラでもさせてほしいなあ」
そう言って、今度こそ車を降りていった。
……なんか疲れた。
志岐には絶対知られないようにしようと決意する。桜田が変に志岐に言ったりしないといいんだけど。
いやそれより、志岐に明日事実を確認しよう。志岐の身に何が起きているのか、ちゃんと知って対処しなければ。
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