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第三章 十一

 相馬と会うたびに、自分の中の何かが折られる感覚があった。誰かにすべてを吐き出してしまいたくなった。  しかし志岐が、自分にマネージャーであることを望んでくれているとわかったから。それだけで、不思議と椿の心は軽くなった。  相馬がいつ自分に飽きるのかわからない。けれどそれまで、堪えられると思った。  志岐を守っているということを、椿は自分勝手にも支えにしている。  愛梨とは連絡をとっていない。愛梨と話したら、すべて伝わってしまうとわかっているから。そしたら愛梨が、黙っているはずがない。また相馬と関わることは、愛梨にとって恐怖でしかないだろう。しかしそれでも愛梨は、友人のためには立ち向かう女の子だと知っているから。だから、愛梨とは相馬と離れるまでは話さないと決めていた。  志岐からのメールに頬を緩ませた直後、またメールが着た。それを開き、椿の浮上した心が再び沈む。 『今日の夜会える?』  相馬からのそれを断ることはできない。了承するメールを送り、椿は携帯をポケットに突っ込んだ。  相馬の家は椿の家から電車で二駅ほどのところにある。二年前に椿を見つけてから、わざわざ引っ越してきたらしい。 「明日撮影だから」  だから早く終わらせてくれと言ってみる。相馬はそれについては何も言わず、聞き入れたのかはわからない。 「そうなんだ。先輩が送っていくの? 撮影中も見てるの?」 「送って行ってそのまま見てる」  相馬の家に来るのは、もう何度目だろう。  一度椿の家に相馬が来たが、いつ志岐が帰ってくるかもわからない状況に、椿が全く集中できていなかったから、それ以後椿の家を指定してきたことはない。  寝室で服を脱ぎ、相馬に好きに触れられる。  この行為に特別な意味なんか持たせたくなくて、椿は触れられている間もなるべく平静に、日常会話をしようとしていた。 「ふうん。見ててどう思うの?」 「どう思うって?」 「顔好きなんでしょ? 勃たないのかってこと」  そう言いながら、相馬はベッドで横になる椿に覆いかぶさり、乳首を舐める。そんなもの舐めて何が楽しいのか椿にはわからないが、相馬は楽しそうに、まるで遊んでいるかのように捏ねたり舐めたりしている。 「……勃たねえよ」 「あ、間があった。嘘だな」 「……っ」  歯をたてられて息を飲んだ。 「嘘吐くからさ。少しくらい痛くてもいいでしょ? 先輩打たれ強さが売りだったじゃん」 「……だったら殴りゃあいいのに」 「そっちの方が楽?」  椿の胸に顔を埋めていた相馬が、顔を上げる。 「当たり前だろ」  吐き捨てるように言うと、相馬が椿の口をキスで塞いだ。再会した日から繰り返され、もう何度目のキスかはわからない。  早々に終わらせたくて、さっさと唇を開き、相馬の舌を受け入れた。  熱い舌は、椿の歯列をなぞる。上顎をなぞられてぞくりとした。そして唇をより密着させる。口腔内を味わうように、深く深く。 「んん……」  苦しくなって、伸し掛かってくる肩を押す。それで相馬がやめるとは思わないが、わずかな期待を込めて。しかし予想通り、相馬は離れない。しばらくしてやっと離れたかと思えば、身を起こし、椿の腕を頭の上で一括りにした。そしてまた唇を貪られる。  相馬の力で抑えられたところで、本気で抵抗すれば腕を解放させることはできる。しかし逆らうことはできない。椿は抵抗をやめて、大人しく相馬に抑えつけられていた。 「こういうの憧れない?」  ふと相馬が唇を離した。楽しそうに椿に問いかける。腕を掴んだまま。 「こうやって抑えるの」 「腕、疲れた」 「先輩をこんな風に抑えつける日がくるなんて思ってなかったなあ」 「疲れた」  頭の上に上げたままの腕の疲労を伝えるはずの言葉だったが、口にしてみると、自分の心の中から漏れた言葉なのだとわかった。  疲れた。  志岐に嘘を吐くこと。笑うこと。 「終わりにする?」  相馬が椿の腕の拘束を解いた。椿はゆっくりと腕を下ろす。 「最後までやって終わりにする?」  楽しそうにしていた相馬が、笑みを消して上体を起こし、見下ろしていた。  これまで、相馬は何度も椿を抱いたが、オーラルセックスのみで、椿を犯そうとはしなかった。 「アナルセックスってこと? やったら終わりにすんのか?」  オーラルセックスもアナルセックスも、今の椿には大した違いもなかった。  好きにすればいい。やって、相馬との関係が終わると言うなら、さっさと突っ込んでくれとさえ思う。  相馬は椿の言葉に、真意の掴めない、穏やかな笑顔を見せる。 「終わりにする。先輩の家で、いつも志岐天音と過ごしてるところで、隅々まで犯させて。そうだなぁ。三日」  三日の意味がわからず、椿は眉を寄せた。 「三日間俺に頂戴。仕事も休んで。三日間俺と一緒にいて」 「俺ん家で?」 「そう。三日間俺にずっと抱かせて」  三日間、ずっと……? でもそれで、全部終わるのか? 志岐に嘘を吐かなくてもよくなる? 「ねえ、いい条件だよね」  相馬が椿の胸に手を這わせる。それが腹筋を辿って、だんだんと下がってくる。萎えているそこを握られ、息を飲んだ。ゆっくりと、上下に扱かれる。 「……っ」 「どうする?」  相馬の手の動きが早くなり、その刺激に椿のものは緩く勃ち始める。 「先輩声出さないよね。あの動画の時はわざと?」 「あ、たり、前……っ」 「そうなんだ。そうだよな。俺もオナるとき声出さないもんなぁ。じゃあさ、こういうことされたらどうなの?」  急に与えられた痛みに、何が起きたのかわからなかった。 「ぅぁ……っ……あっ」  本来何かを挿れるためのものではないところに、指が挿れられている。グリグリと、潤滑液もなく滑らないそれを、無理に押し進めてくる。 「はは、やっと声聞けた。もっと出してよ」 「待っ……いてーって……っあ、」  痛い。痛い。  椿はシーツを握り、堪える。 「きついね。ここにほんとに入るようになるの?」  中の指が動かされる。気持ち悪さに声も出なくなり、椿は首を振って拒否を示す。 「先輩泣き顔可愛いね」  何をされても泣くつもりなどなかったのに。相馬なんかに、心の揺れを見せたくなかったのに。 「優しくしたかった」  ぽつりと呟かれた言葉に、椿の意識は痛みから相馬自身へ移る。 「優しくしたら、優しくして、身体が触れ合っていたら、好きになってくれないかなって思ったんだ」  優しくしたいと言いながら相馬は指を増やし、再び痛みで頭の中がいっぱいになる。圧迫感より何より、無理矢理こじ開けて入ってくる痛みに、悲鳴を上げそうになって歯を食いしばって堪える。 「でも優しくしたって、先輩が俺を好きになるなんてこと、あるわけなかったね。先輩が大好きだった愛梨先輩を、今は志岐天音を、俺は傷めつけたんだから」 「はっ……おま、それわかってんのかよ……っ」  心の底から憎まれていることに。相馬に触れられることが、椿にとって苦痛でしかないことに。  快楽を与えようとする行動だって、すべてが、苦痛だった。 「でも俺は先輩が好きだから。もうさ、先輩の気持ちも全部無視して、先輩を抱くって決めた。無駄なことはしない。気持ちが向くことがないなら、身体に覚えさせるよ。痛みを」  滑りが良くなったと感じるのは、中が切れて出血しているからだろう。 「あぁ……っ、痛、ぅあ、」 「初めて先輩を見たのは中一のときだった。めちゃくちゃ強くて、憧れた。自分に懐く奴を、誰だろうと可愛がるところがいいなって思った。可愛がられて好きになった。そんなことには気づきもしないで馬鹿みたいに俺にかまうから、ますます好きになった」 「ひっ、あ……っ」  急に指を引き抜かれる。中から出てきた相馬の指を見れば、やはり血が付いていた。  ぐったりと動けない椿を、抱きかかえるように相馬が起こす。そのまま痛いくらいの力で抱きしめられた。 「先輩が好きになるもの、全部が憎い」  そうされながらも横目で今自分が寝ていたシーツを見ると、点々と血で汚れているのがわかった。 「全部壊してしまいたいけど、それがどうしても嫌だって言うなら、先輩の方を壊すよ」  一度揺れてしまった感情は、中々止まってくれない。  椿は相馬の胸を思い切り押し、身体を離す。 「やれよ。それに耐えたらもう俺に付き纏わないんだな?」  相馬は一瞬痛そうに顔をしかめた後、口角を上げる。 「うん。約束する」  俺は三日間耐えればいい。  そうしたら解放される。この二週間であったことはすべて忘れて、元に戻れる。  そう椿が安堵したのが顔に出たのだろう。相馬は椿の肩を掴み、再び押し倒した。全体重をかけて、押さえつけられる。 「……いてーよ」 「忘れさせない」  泣きそうな顔。押さえつけられているのは椿の方なのに、まるで相馬のこそが痛みを感じているかのように、顔を歪めている。 「……今日はこれで終わりにすんの?」  その顔を見ていたくなくて、椿は顔を背けて尋ねた。  相馬は起き上がり、着ていたジーンズと下着を一緒に下ろす。緩く立ち上がった相馬のものが現れる。 「舐めて」  椿も起き上がり、相馬のものを咥えた。根本に指を掛けた瞬間、相馬が腰を動かし自身を椿の喉にまで突き入れた。 「ぐぇ……っ」  反射的に吐きそうになり顔を上げようとしたら、相馬は椿の頭を掴み、抑えつけた。 「先輩、ほら早く舐めて」  嘔吐反射を何とか堪え、椿は口を窄めた。頭を掴まれ好きなように動かされる。相馬のものが喉の奥を突く。飲み込む余裕などなく、シーツに唾液が落ちていく。 「舌も使って」  相馬が熱い吐息とともに声を漏らした。椿はそれに従い、一旦口の中から相馬のものを出し、ちろちろと舌を這わせた。根本から先端まで舌で辿り、そして尿道口辺りを強弱をつけて舐めた。 「はっ、気持ちい。上手くなったね」  先走りが出始めたところで先端を咥え、苦いものを吸うように舐める。吐きそうになりながら、繰り返し。 「もっと深く咥えて」  そう言われ、再び喉まで咥え込む。また頭を抱えられる。目を瞑って、覚悟した。  椿のそんな様子を感じたのか、相馬はクスっと笑った。そして、腰を動かし始める。容赦なく椿の喉に突き立てる。 「……っん、ぐっ」 「苦しそうな顔……っ、可愛いっ」  悪趣味だ。  ……ああでも、これまでは相馬は自分がしゃぶっている時にこのようなことをしたことはなかったと、椿は思いあたる。柔らかい動作で椿の髪を梳いたり撫でたりするばかりだった。  以前もそうだったと思い出す。椿のことを慕い、いつも楽しそうに近くにいた。それが突然、愛梨を傷つけた。  自分が相馬を追い詰めているのか。  考えるなと、椿は自分に言い聞かせる。考えると同情してしまうから。自分にも責任があったことだと思ってしまうから。しかしそれを今認めてしまったら、相馬のすることを認めてしまう。今までいたところに帰れなくなる。 「泣いてる」 「んん……っ」  生理的な涙だ、これは。  苦しくて、苦しくて。先ほど無理に開かれたところが、痛くて。 「イク……っ」  より強く頭を抑えつけられ、打ち付ける速度が早くなる。  やがて吐き出された相馬の欲を、椿はむせ返りながら飲み下した。「次はここで受け止めてね」と、相馬は椿の後ろに再び触れた。  ──三日間。  明日の撮影が終わったら、休みを貰おう。撮影したものが公開するまでは大丈夫なはずだと言って、志岐に一旦帰ってもらって。  堪えて、再び嘘偽りなく志岐の隣に並べるように。

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