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第三章 十四

 ◇  椿が目を覚ましたとき、志岐はすでにベッドにいなかった。  ここ二週間ソファで寝慣れていた椿は、初め、どうしてここで寝ているのかわからなかった。しばらく考えて、そういえば昨日は志岐と同じベッドで寝たのだったと思い出す。  ちょうどそのとき、志岐が寝室に戻ってきた。 「おはよ。目ぇ覚めた? よく寝てたよ」 「今何時?」 「九時。そろそろ起こそうと思ったんだ」  最近よく眠れていなかったからか、今日は久しぶりに身体も頭もすっきりしていると感じた。  窓から朝日が差し込んでいて、爽やかな朝だった。 「朝ご飯」 「へ? 作ったの?」  志岐はこくんと頷く。それを見て、椿はベッドから起きだした。  志岐が料理なんて。そもそも自分より早く起きていることの方が珍しいと、椿は驚きを隠せない。  リビングには、志岐が用意した朝飯があった。インスタントの味噌汁に、歪な形をした巨大おにぎりが二つ。丸く握られた米に、海苔がベタッと巻かれて皿の上に置かれている。 「すげえ。志岐の手料理初めてだ」 「……それ馬鹿にしてる?」 「え、なんで? おにぎり、美味そうじゃん」  こんなもののどこが、と言いながら、志岐は照れくさそうに椿から目を逸してこたつの中に入った。椿も続いてこたつに入る。 「椿、寒くない?」 「大丈夫だよ」  体調を気遣ってくれているようだった。椿はそれを感じ、安心させるように笑った。すると志岐は、こたつから出てタオルケットを一枚持ってきた。それを椿の肩からかぶせる。 「暖かくしないと」  志岐はそう言うが、暖房までつけて部屋を温めていてくれたから、タオルケットなんかなくても寒くない。しかし志岐の優しさが嬉しくて、椿は掛けられたタオルケットを胸の前で引き寄せた。 「食欲はある?」 「あるよ。もうほんと、平気だって」  大丈夫。あいつと戦う心構えも、体力も、志岐がつけてくれた。  大丈夫。絶対屈しない。耐え抜いて見せる。 「志岐、美味いな」  志岐の作った巨大なおにぎりを頬張った。まさか具なし? と思いきや、半分まで食ったところでようやく小さな梅干しが姿を現した。この大きさのおにぎりにこんな小さな。アンバランスさがおかしくて笑ってしまう。他におかずなかったのか? 「美味くねえよ」 「美味いって。愛情がこもってる、みたいな?」 「愛情なんか込めてねえ!」  志岐のガサツな口調に、昨日自分の涙を微笑んで受け止め歌ってくれた奴とは思えないと、椿はなぜだが和む。 「わかったわかった。何も込めてないのね」   あえて残念そうに言うと、志岐はぐっと言葉に詰まる。 「あ、いや、その、心配してる気持ちは……こもってる、けど」  ぶつぶつ言っている志岐の顔がほんのり赤い。 「ありがとな」 「なんだよ、急に」  ますます顔が赤くなる。お礼なんか言われ慣れていないのだろう。居心地が悪そうに、背中をむずがっている。 「昨日からほんと、どっちがマネージャーかわかんねえくらい助けられてる」 「や、あ、ま、まあ、調子が悪いときは、お互い様だろ」  そっぽを向いてそんなことを言う志岐が可愛く思えた。  この時間が、好きだ。志岐と二週間一緒に過ごしてきて、二人でいることに居心地の良さを感じるようになった。生意気でムカつくこともあるけど、それさえ楽しくて。だから、もうちょっとだから。俺は志岐を守らなきゃ。 「食べたら、家一人で帰れる?」 「……やっぱり帰らなくちゃ、駄目か?」 「ストーカーが不安?」 「そうじゃ、なくて」  わかってる。心配なのは自分のことじゃなくて俺のことだよな。俺を心配してくれてるんだよな。 「大丈夫だから、俺は。この前のさ、相馬って覚えてる? あいつが世話焼きに来てくれることになってんだ」 「……それ、俺じゃ駄目なの?」 「志岐はこれからまた仕事始まるんだから、しっかり休め」  な? と言って笑うと、渋々頷く。  ごめんな。嘘はこれで最後にするから。  時計を見るともうすぐ十時で、椿は少し焦る。そろそろ相馬が来てしまうかもしれない。おにぎりを美味い美味いと言いながら急いで食べ、遠回しに志岐を急がせる。  志岐と再び会ったら、相馬が何をするかわからないから。椿が言いなりになっている間は何もしないという約束だが、余計なことの一つや二つは言うかもしれない。 「急がせてごめんな。明々後日には絶対事務所行くから。志岐も行くだろ? 迎えに行くから」 「……わかった」  泊まりのために持ってきていた荷物は椿がまた車で持っていくことになっている。だから志岐は小さな鞄一つを持って玄関に立った。  ドアを開けるのを、躊躇っているように見える。 「志岐?」  動かない志岐に声をかけたとき、インターホンが鳴った。  相馬だと、直感的にわかる。脈が早くなるのを感じる。 「志岐、ほら、帰れ」  ゆっくりと志岐がドアを開くと、やはりそこには相馬の姿があった。トレンチコートのポケットに手を突っ込み、いつもの薄ら笑いを浮かべて立っていた。  椿は志岐と相馬が鉢合わせしてしまったことに思わず下唇を噛み、それから言い訳のように相馬に声をかけた。 「泊まりに来てて、今帰るところ」 「へえ」  すっと目を細めた相馬を睨む。志岐は相馬の意味ありげな視線の意味などわからず、きょとんとしている。  余計なことを言うなよと、きつい視線を送ると、相馬はわかったと言うように微笑んだ。 「じゃあね、志岐君」 「……はい」  相馬の横をすり抜けて外に出た志岐に、ほっと息を吐く。  さあ、あとは俺とこいつの問題だ。  志岐が離れるの追っていた視線が自分へ向けられ、椿はほかほかとしていた気持ちが、すっと冷えていくのを感じた。  ……震えるな。男が男に犯されるくらいで。大丈夫。堪えればすべてが終わるんだ。  ドアが閉まる直前、志岐が振り返ったのが見えた。それを見て思わず漏れそうになった声は、ドアが閉まると同時に重ねられた唇に奪われた。  ◇ 「先輩、声出さなくちゃつまんないよ」  全裸でうつ伏せになった椿の中に、相馬の指が三本、挿れられている。  椿はシーツを噛み、声を抑える。それは小さな抵抗だった。三日間好きにさせる。それでも、すべて相馬の思い通りにさせるというのは、やはり癪だから。  大して馴らしもせずに突っ込まれた指は、痛みと圧迫感のみを椿に与える。ただ、この前は使われなかったローションを使われているだけマシか、と自嘲する。 「先輩」  相馬は椿に声をかけ、急に指を中から引き抜いた。そして髪を掴んで顔を上げさせる。 「いっ」 「椿先輩、志岐天音とここでヤったりしたの?」 「んなわけねえだろ……!」 「そうなんだ。さっきの見てたら、てっきりそういうことしたのかと思ったよ」  髪を掴む力が、少し緩む。  ここで昨日あったことは、そんなものじゃない。俺の心を守ろうとしてくれた。温かい言葉と、優しい歌を、ここで聞いたのだ。 「志岐天音のマネージャーになって何ヶ月だっけ? そんな経ってないよね? 俺といた時間の方が長いのに。もうあいつの方がいいってわけ?」 「いいも悪いもあるかよ。俺はお前が嫌いだ。憎い」  あの、中学のときに出会った相馬のままだったら、きっと今も良き友人だっただろう。いや、相馬が愛梨を傷つけることがなければ椿が足を洗うこともなかっただろうから、“良き”かはわからないが。 「知ってる」  わかりきっていることを聞いて、そんな風に傷ついた顔をするのはやめてほしい。心の奥の方で、今もまだ残っている幼い相馬の笑顔を思い出すから。  自分を慕って後ろを着いて来ていた相馬を思い出して、椿は切なくなる。切なくなど、なりたくないのに。 「その嫌いな俺に犯されて、いっぱい泣いてよ、先輩」  口角を上げた相馬は、椿を仰向けに転がした。深いキスをしながら、胸を摘み上げる。 「ん……っ」  強い力で摘まれ、爪を立てられ、思わず声が漏れた。  声を漏らしたくなくて、相馬から顔を逸らして再びシーツを噛もうとしたら、口腔内に指を突っ込まれた。 「舐めて。噛んだら俺は先輩のこれを噛み切るから」  そう言ってまた胸の突起を摘まれ、 もう抵抗することはできなかった。  あとは、されるがままだった。  唾液で濡れた指は、再び後ろに挿れられる。 「ぃっ、たい……っ」  声を上げたくなくて奥歯を噛み締めるが、どうしても漏れてしまう。

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