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第三章 十五

「まだ痛い? 結構解したつもりなのにな。まあ三本はキツそうだけど」  自分の中から聞こえてくる水音。聞きたくない。相馬の言葉も。  目を瞑り、決して相馬の方を見ようとしない椿に、相馬はつまらなそうな顔をして溜息を吐いた。 「まだ羞恥心とかあるの? さっき浣腸もしてあげたでしょ? もう恥ずかしがることなんてないんじゃない?」  椿の中を探るように、指をぐるりと回す。 「ぁ……っ」 「先輩のいいところはどこ? 痛めつけたいけどさ、やっぱ先輩のよがるところもみたいんだよね。そこから突き落とした方がさ、傷が深くなるでしょう?」  相馬の長い指が、椿の萎えたものに掛かる。 「やだっ」 「なんで? 気持よくなった方がいいだろ?」 「いい、いいから……っぁ、」  指がまた腸壁を撫で、声が漏れた。 「俺、俺が舐めるから……っ」 「ああ何? 気持ちよくなる方が罪悪感でも持つ? そういえば、この前イカせたときもしばらく放心してたね」  この行為で快楽なんて感じたくない。椿はそう思って、この二週間相馬に触れられることよりも、自分が相馬に触れることを選んできた。それでも与えられた悦楽は、椿の自尊心を傷つけていった。 「そういう考えもありか。それならそうと言ってくれればいいのに」  相馬の瞳が、面白いものを見つけたように輝くのを見た。  椿のものを握っていた手が、上下に動き出す。 「前だけ触ってそんなに苦しい顔するならさ、後ろに突っ込まれたままイかされたら、先輩壊れるかもね」  壊れない。堪えて志岐ところに帰る。 「先輩先っぽ好きだよね。俺の舐めるときよく舐めるもんね」  親指が、先を撫でる。ローションの所為でヌルヌルと滑り、そこに快感を生んでしまう。 「んぁ……っ」  嫌なのに。  気持ち良くなんか、なりたくないのに。 「このローションさ、ちょっと媚薬入りなんだ。どう? 気持ちいい?」  その所為なのか? その所為だったらいい。  上下に激しく扱かれ初め、簡単に勃起した。ローションだけではない液体が、相馬の指を汚していく。中の指を動かされても、快感の前に痛みを感じなくなった。 「ねえ、喋ってよ、先輩」 「喋、っれるか……っ」 「気持ちよくて?」  腹の中を掻き回されている感覚が、気持ち悪い。それなのに椿のものは腹に付くくらいに勃ち、先走りを垂らす。 「俺が高校入ったときの初めての喧嘩覚えてる? 西校の奴らとやったときの。あのときさ、俺指の骨折ったでしょう? 先輩が中学卒業してからあんまり喧嘩してなかったから、久しぶりで俺がドジっただけなんだけどさ」 「ぁっ……」  椿の後ろに指を挿れたまま、相馬は上に覆いかぶさった。 「あのとき喧嘩のやり方一から教えてやるとか言って、わけわかんない特訓したの楽しかった」 「手、離し、イク……っ、イっちまうから、ぁっ」 「俺その後また怪我してさ。そしたら今度は、次は俺が守ってやるからとか言ってさ。あれ超カッコ良かった」  相馬は椿のものを扱く手を早める。激しく擦られ、目の前がチカチカした。 「守ってくれるとか言ったのにさ、そのすぐあと、愛梨先輩と付き合いだしたよね。あのときからさ、俺もう、駄目で」  先に爪を立てられ、椿は吐精した。  後ろを弄ぶ手は動きを止めることはなく、大腿が痙攣する。 「やめ、ろ……っ」  相馬の手首を両手で掴む。 「自分でも汚いなあって思うよ。先輩を好きになったときは、こんな綺麗なキラキラした気持ちってあるんだって感動したのに。今はドロドロの汚い気持ちしかない」  その掴む手の力も抜ける。  抵抗しても無駄だとわかったから。  受け止めるしかないんだ。相馬の言う、“汚い気持ち”を。なあでも、確かに俺を苦しめるだけの気持ちなのかもしれないけど。 「まだ痛い?」  そうやって顔色を伺うのは。 「先輩、喋って」  言葉を待つのは。 「相、馬……」 「何?」  名前を呼んだだけで、瞳を輝かせるのは。  それは本当に、“汚い気持ち”でしかないのか?  ──ふと、昨日ここで聴いた、志岐の優しい歌声を思い出した。  思い出せば、心が凪いでいくのを感じた。 「相馬が、後ろ着いてくんの、嫌いじゃなかった……っ」  恨む気持ちに覆われて、それこそ“汚い気持ち”に覆われて、見えなくなっていたのは自分の方じゃないのか? 「何、何それ……」  相馬が手を止める。椿の言葉に驚いて、微かに唇を震わせる。 「……馬鹿な俺を、理由がわからなくても慕ってくれるの、嬉しかった」  震えた唇を噛み締め、それから相馬は絞り出すように言葉にする。 「……そうやって言えば、俺が手を止めると思った?」  再び奥まで突き立てられる指。激しく出し入れをされて、椿は悲鳴にも似た声が自分の喉から漏れ出すのを聞いた。 「そう、ま……っ、ぁ、が、痛……っ」 「先輩は俺のことなんか見てなかった。なんっも……!」  そう。見ていなかった。  今よりも幼く鈍感で、相馬が自分に向ける気持ちなんか想像もしていなかった。今思えば熱い視線で見られていたことにも、まったく気がつかなかった。  こんなことをされるのは、納得いかない。脅して相手を捻じ伏せるなんて、最低だと思う。愛梨を傷つけたこと、志岐を傷つけたこと、絶対に許せない。  でも──……  志岐の笑顔。優しい歌。  怒りや、悲しさ、悔しさを、癒してくれた。優しく綺麗な気持ちをくれた。  その綺麗な気持ちを持って、今相馬に接することはできないだろうか。  相馬と過ごした時間は、志岐と過ごしたものよりもずっと長かったのに。相馬の抱える気持ちをちっともわかろうとしなかった。  傷つけられたことを嘆き、憎んで、逃げるばかりで、相馬と向き合おうとしたことがなかった。  向き合えばよかったのかな。そうしたら、志岐とそうすることができたように、相馬とも、分かり合うことができたのかな。  今更だと、軽蔑されるのはわかってる。だけど、志岐が怒りや悲しみを取っ払ってくれたこの気持ちで、向き合ってみたい。  ローションに含まれる媚薬が腸から吸収されている所為か、奥まで突き立てられる痛みの合間に、わずかに別の感覚が生まれ始める。それは椿の思考を鈍らせるが、必死に言葉にする。 「ぁっ、相馬、相馬……っ」 「今更ご機嫌とってどうするつもり? そんなの先輩らしくない。そんなに犯されるのが怖い? 俺のことが嫌いなんでしょう?」 「嫌いだ……けどっ!」 「けど何? ああ、やっぱりこの場所がやだ? 大切にしてる志岐天音と過ごしてる場所だから?」  相馬が椿を馬鹿にするように見下ろす。 「俺が着いてくるのが嫌じゃなかったって? そうは言ってもいつだって、結局先輩の一番大切にする人は別にいる。無害な俺ならよかったってだけの話でしょう?」  相馬の指が中から出て行き、排泄感に思わず「ん……っ」と声が出る。 「もう挿れるよ」  相馬がズボンのベルトを緩め、昂ったものを取り出す。その切っ先が充てがわれたのがわかり、椿は息を飲んだ。  話を、したかった。それを思うには、遅すぎたのか。  その時──。

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