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第五章 四
桜田が椿の目元に舌を這わせる。
「悔しいね。可哀想だね。早くあめのこと忘れなくちゃ……」
「忘れる?」
「あめへの思いをさ、俺に置き換えてみない? それでマネージャーとしてあめを探せばいいじゃん。そしたら冷静に、あめと向き合えるでしょ? 辛くないでしょ……?」
舌が首筋を辿り、鎖骨辺りで留まる。そこに、ピリッとした感覚が走った。キスマークを付けられたのだとわかる。
「あめにどうとも思われてなかったんでしょ? 可哀想。俺は椿君のことが好きだよ」
「好き……」
「うん。好き。弱みに浸け込むよ」
「言っちゃうのかよ」
「うん。言っちゃう」
志岐にどうとも思われていなかった。その通りだと椿は痛感していた。全部、自分の勘違い。
胸が痛い。
クスクスと笑った桜田が、胸に這わせた手を、Tシャツを脱がせるような動きに変えた。椿はそれに逆らわず、されるがままシャツを脱いだ。
「男としたことないんだっけ?」
「……最後までは」
桜田が目を丸くした。
「え、もしかしてあめと途中までした?」
「志岐じゃ、ない」
「えー、あめ以外にもライバルいるの? これは頑張んなきゃなあ」
微笑みながら、その整った顔が近づいて来る。キスを求められているのだとわかるが、椿はどうしてもそれに答えることはできない。
「悪い……キスは、したくない」
「……そう」
これまで、桜田とキスは何度かしてきた。それをここにきて拒むのは明らかにおかしいと思われるだろうが、桜田はそれ以上聞いてくることはなかった。
その唇は椿の唇ではなく、再び首筋に落とされる。舌が、首から鎖骨、そして胸へと這う。先端を柔らかく食まれ、息が漏れた。
「……っ」
「声出して?」
熱い息がくすぐったい。桜田の手は、まだ柔い椿のものにスウェットの上から触れる。
「胸はあんまり感じない……?」
「くすぐったい」
胸に舌を這わせながら、大腿から中心をやわやわと揉まれ、微かに勃ち上がる気配がする。
「ぁ……、ちょっと、気持ちい? かも……?」
「腿が感じるのかな?」
スウェットに手がかかり、椿は桜田の手の動きを助けるように腰を上げた。躊躇うことなく、桜田は下着まで脱がせた。
「あっという間に全裸かよ」
「もっと焦らしてほしかった?」
「別に、いいけど」
桜田の手が、再び大腿を撫でる。先ほどとは違う素肌で感じる桜田の手の感触に、少し息が上がる。
「やっぱり大腿が敏感なんだね。胸はこれから開発かなあ」
「……ぁ……」
緩く勃ち始めたそこに手がかかり、思わず小さな声が漏れた。
「ここ、舐めていい?」
「聞くな……っ」
「聞かなくても好きにしていいってこと?」
「なんでもいい」
身を委ねようと思った。
桜田は悪い人間じゃない。これから先、男をまた好きになるなら、相手は桜田がいいと椿は思った。
好きだと言ってくれた。自分の仕事だって理解してくれるし。優しいし。甘やかしてくれるし。
……そう、楽だから。
男を好きになるという、椿にとっては人生最大とも言える出来事だったけれど、桜田はそれが普通である世界で生きてきた。別に、特別なことじゃない世界で。
それって、楽だ。
今までと変わらないということだ。好きになった相手がいて、思いは伝わらなくて、報われなくて、それでまた新たな相手を探す。すごく普通なことだ。
相手が同性というところが普通ではないけど、それを普通だって言える相手と一緒にいたら、何も特別なことじゃないと思う。
……うん。桜田を好きになろう。そうしたら冷静な頭で、また志岐を捜せる。きっと。ちゃんと冷静になって手がかりを探して、社長に協力してもらって。
できると、椿は自分に言い聞かす。
志岐への思いに蓋をするのは、無理だった。いくら重石をしても、志岐の表情、言葉一つで簡単に開いてしまう。だから蓋をするんじゃなくて、もうやめよう。桜田を好きになって、志岐への思いは、消そう。そして志岐天音のマネージャーとして、あいつを捜すんだと、椿は決める。
椿のものを咥え込んだ桜田が先端を吸って、椿は突き抜ける快感に腰を浮かせた。桜田の柔らかい髪に手を通してだらしなく足を広げている姿は、なんて滑稽なんだろうと思う。
椿のは膨らんで、唾液が溜められた桜田の口腔内をいっぱいにする。クチャクチャとした高い水音と、時折ズズっと吸われる低い音を聞きながら、椿は思考を鈍らせていく。
桜田を、好きになるんだ。優しい人。志岐のことも大事に考えてくれる、優しい人。
「あぁ……っ」
「可愛い……」
一旦口から出して、桜田は小さく呟いた。先端から、根本まで舌を這わせ、食む。そうしながら、桜田の手は強く扱いてくる。
大腿がびくびくと痙攣する。限界が近いと感じた。きっと、お互いに。
再び桜田は深く飲み込んだ。
熱い。
「吸わな、ぁ……、吸うな……っ、」
射精を促すように激しく吸いながら、桜田は頭を上下させる。苦しくないの、と一瞬考えるが、そんなもの、絶え間なく与えられる快感に飲み込まれて消えていく。
「桜田……っ」
呼べばより一層強く吸われ、椿は吐精した。
椿の欲を、桜田は一滴残らず絞り取るように吸う。敏感になった身体に与えられる刺激に身体を震わせていた椿が、やがて力尽きてぐったりとシーツに沈み込むのを見て、桜田はようやく椿のを口腔内から出した。そして起き上がり、ゆっくりと嚥下する。それをぼうっと見ていると、桜田は微笑んだ。
「濃いね」
「……感想、求めてないから」
「俺は求めてるよ。どうだった? 気持ちよかった?」
「……良くなきゃ出ないでしょ」
気持ちよかったと、言ってほしいんだろうと思う。しかしそれは、椿の小さなプライドが邪魔をする。
「可愛いかった。やっと見れた、椿君のイキ顔。今のその照れた顔も可愛いね」
「照れてねえ! 悪趣味」
「椿君のイキ顔ずっと生で見たかったんだよね。しばらく何も食べたり飲んだりしたくないなあ。椿君の味を留めておきたいなあ」
「……桜田さん、マジで変態だったんすね。ドン引きです」
「え? それ椿君わりと本気で言ってるでしょ。酷いなあ」
おかしそうに笑う桜田に、椿は不思議になる。これ以上、行為を進める気がないように感じたのだ。
「桜田さん……?」
「なあに?」
椿の呼ぶ声に応える桜田の声は、緊張感を失った柔らかいものだった。それを聞き、椿も気怠い身体を起き上がらせる。
「セックス、すんじゃないんですか」
全裸の椿に対し、桜田は服さえきちんと着たままだ。椿が一方的に抜いてもらっただけの状況。それなのに、桜田は満足そうに微笑む。少しだけ、困ったように眉を下げて。
「んー、十分、ご褒美もらったかなって」
「え……」
「椿君の気持ちよさそうな顔見れて、もう満足かなって」
「嘘でしょ」
桜田の股間が膨らんでいるのが見えている。なぜ、この先をしようとしないのか。自分を好きになれと、今強引に迫ってきたのは桜田だ。
何がしたい。何が言いたい。
気持ちが見えないことに、椿は焦燥を感じる。
「ありがと、椿君」
──なんで。なんで今、そんな風に優しく抱きしめるんだ。何が言いたいんだよ。わからない。
そっと椿を抱きしめ、桜田が椿の背中に手を回す。
密着した胸から、桜田の鼓動を感じる。いつもおっとりとしていて余裕があるように見えるこの人の心臓も、こんな風に早く鼓動を打つことがあるのだと、椿は知った。
「なんの、お礼ですか……?」
「ん、自分でもわかんない。フェラさせてくれて?」
「それ、意味わかんないですよ……」
「だよね」
クスクスと、耳元で桜田の笑う息遣いを感じる。その吐息さえ、耳に柔らかく、優しい。
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