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第七章 九

「嫌じゃない?」 「うん……嬉しくて。ちょっと感動してた」  顔を上げた志岐は、眉を下げて少し困ったように笑った。その笑顔に、切なくなる。胸が詰まる。苦しい。当然のように自分の快楽を追っていいのに、志岐はそれをしない。椿のなんでもない言葉でまた、こんなにも嬉しそうに笑う。  ……俺、志岐のためならなんでもできると思う。 「何してほしい? 何したら志岐は気持ちいい? 何でもしてやる。志岐が見たいって言うなら、自慰でも何でもする。マジでケツの穴も志岐にやる」 「ははっ、男らしいなあ」 「何でも言って」 「椿って、意外と恋人は甘やかすタイプなんだな」 「……そうでもなかったんだけど」  とりあえず冷えるから湯に浸かろうと言われ、狭い湯船に二人で座る。椿の足の間に志岐が身体を置いて寄りかかる。先程咥えられて爆ぜる寸前まで膨らんだものが志岐の尻にあたっていて、居心地が悪い。 「あー、椿とこんなことしてるなんて変な感じだ」  志岐が、寄りかかったまま椿の首元に顔を寄せる。椿だって、志岐がこんな風に甘えてくるようになるとは思わなかった。  その体勢のまま啄ばむようなキスを繰り返した。 「志岐が戻って来て俺が告白して、でも志岐、こういうことしてこなかっただろ? 俺もだけど。急にヤりたいって言い出したのはなんでなんだ?」  ふと不思議になって尋ねると、志岐は身体を椿と向かい合うようにした。 「さっき言ったみたいに、椿が手を出してこなくて不安だったのもある……けど」 「けど?」 「まだ終わってなかったから。俺がしたこと全部、終わってなかったから。ちゃんと終わらせて、始められてから、椿との関係も始めなくちゃって、思ったから」  あとね、と志岐は続ける。 「もうね、我慢できなくなった。ほんと椿、俺が欲しかったものいっぱいくれるから。千紗の歌をまた聴かせてくれて、会わせてくれて。……あの人にも向かい合う勇気をくれて。もう、椿が好きで好きで我慢できなくなったんだ」  あんなに積極的に触ってきたのに今更照れているのか、志岐は少し顔を赤くした。 「がっついてごめん、ちゃんと言うよ……俺を、抱いてください」 「……っ」  すき。  すき。すき。  そんな簡単な言葉しか、浮かばない。 「わっ」  湯が跳ねるのも構わず、椿は志岐を勢いよく抱きしめた。 「志岐、すき」 「俺も、好きだよ」 「すき」 「うん……ありがと」 「すき」 「わかったって……ほんと可愛いな、椿」  クスクス笑う志岐がすき。俺をあやすように背中を撫でる志岐がすき。そんな風に余裕ぶるのに、顔を見れば涙を流している志岐がすき。  椿は志岐の頬を流れる涙を舐めとる。そのまま口唇にもキスをして、首元にもキスを落とす。強く吸うと吐息が漏れる。少し顔を離して跡がついたのを確認して、またそこに舌を伸ばした。 「んっ、はぁ……っ」  自分がされたように、椿は志岐のピンク色の突起を口に含む。軽く歯を立てると、甘い声が漏れた。それが聞きたくて、反対側は指で捏ねながら、舐めたり噛んだりを繰り返した。執拗に続ければ、そこは赤く色づいていった。  膝立ちの志岐の腰が揺れる。触ってくれと言われているようで、空いている方の手で志岐の硬く張り詰めたものを握った。湯の中でも、先端に触れればぬるぬるしているのがわかる。 「ぁ、きもちい、」  普段より高めの志岐の声を聞いて、じんわりと椿の下半身にも再び熱が集まっていく。もっとこの声が聞きたい。 「え……、椿……っは、あぁ」  志岐を湯船の縁に座らせ、椿は志岐の足の間に座る。そして、志岐のものを咥えた。びくびくと震える志岐が可愛いくて仕方なかった。 「ね、椿……」 「ん?」  とろけるほど甘い熱を持った声で呼ばれ、咥えたまま視線を上げる。志岐の瞳はとろんとしていて、幼く見えた。 「俺の、咥えながら、自分の扱いて……」 「んぅ」  志岐のものを喉の奥に飲み込み、頭を動かす。嘔吐いてしまうのが悔しかった。志岐のように上手くできないのがもどかしい。  それでも志岐が望むならと、椿は恥も忘れて自分のものに手をかける。少し浅く咥え直し、自分のものを扱いた。 「あ、ぁ、きもちい、椿可愛い……っ、椿」  上目遣いに見る志岐の顔は完全に欲に飲まれているのに、うわ言のように椿の名前を繰り返す。それが、自分との行為で志岐がこうなっていることを実感させ、椿は悦びに震えた。 「はぁ、はぁっ椿、イキそ、離して、離して……っ」  俺だって志岐のものを飲みたい。  だから椿は離すどころか、射精を促すように強く吸った。じゅぼっと卑猥な音が聞こえる。ああ、気持ちいい。自分のものを扱く手も早くなる。 「椿、椿もイキそ……?」  咥えながら頷くと、志岐は笑う。 「じゃ、余計離して……? ね、俺の中で吐き出してよ」  椿は口を離した。手も、自分のものから離す。志岐は軽く椿を押して、湯船に押し付けた。椿の上に跨って、そのまま挿入しようとするのがわかる。 「大丈夫なのか……?」 「椿が入ってくる前に準備した……早く椿と繋がりたくて」  椿のものに手を添えて、志岐は腰を落としていく。  ……熱い。志岐の中、すげぇ熱い。  一番腫れているところが通るときには眉を寄せたから、きっと久しぶりの行為は痛むのだと思う。でも、口元には笑顔を浮かべたままで、繋がれることを本当に喜んでくれているようだった。 「はぁ……っ」  奥まで入ると、志岐は椿に抱きついた。はあはあと、耳元で息を整えているのが聞こえる。 「痛い……?」 「ううん、でも、ちょっと待って」 「いくらでも待つよ……っ」  そう言ってぎゅっと抱きしめる。本当は、すぐにでも腰を動かしてしまいそうになっていた。志岐の中は熱くて、狭くて、想像していたよりもずっと気持ちがよかったから。だから理性を総動員して耐えた。 「ほんとに俺の中に椿が入ってる。すごい……ああ、こんな日がくるなんて思わなかった……」 「俺もだよ……っ」 「はは、椿辛そ……気持ちいい? 動きたいんだ?」  きゅっと穴が締まり、椿は呻いた。 「おま、俺で遊んでるだろ……!」 「だって可愛いから」  クスクスと笑う志岐と、眉を寄せて耐える椿。一体どっちが挿入しているんだかと可笑しくなる。  セックスってこういうものだったっけ? こんな風に…… 「楽しい、な」 「うん? 今? ……うん。楽しい。幸せ……っ、椿大好き……」  そう言ってまた、呼吸もできないくらい強く抱きすくめられる。違う個体であることの寂しさを埋めるように。  志岐にとって辛くて苦しいものだったセックスが、楽しくて幸せなものになっているなら……そんなのって嬉し過ぎる。こんなに泣きそうなことってない。 「え……、椿、ごめん? 我慢するの辛かった? 動いていいよ?」  俺どんだけ馬鹿な奴だと思ってんの。動けなくて辛くて泣いたりしねえよ。  そんな風に言いたいのに、漏れる言葉はやっぱり「すき」という簡単な言葉だけだった。ちょっと言葉を知らな過ぎると思った。 「すきだよ、志岐、すきだ……っ」 「 ありがとって。俺も大好きだよ。椿大好きっ」  志岐も言葉を知らない。「大好き」とただ繰り返す。お互い簡単な言葉しか知らなくて、気持ちを伝える上で、それはすごくもどかしい。だからやっぱり肌を触れ合わせるしかないのだと思った。言葉が足りない分を、自分たちは触れ合って補うのかもしれないと。  志岐が少しずつ動く。腰を上下させて、そのたびに小さく甘い声を出す。椿もそれに応えるように、腰を軽く突き上げた。 「ぁんっ」  一際高い声を上げた志岐は、恥ずかしかったのか、頬を染めてはにかんだ。 「ヤバイね……、俺こんな声、わざとじゃなくて上げたことないよ……?」 「知ってるよ」 「もっとして……もっと、あぁ……!」  奥まで届くように突き上げると、志岐が仰け反る。倒れるかと思い、椿はヒヤリとして慌てて身体を支えた。 「ごめ……っ、俺、駄目だ、余裕ない……っ」  そう言って、志岐は浅いところが気持ちいいのか、そこに椿のを擦り付けるように動く。 「ぁ、あ、ここ、すきっ」 「ここ……っ?」  志岐が言っているだろうところを突くように椿は腰を動かす。 「あ、あぁんっ」 「……うっ」  すごく締め付けてくる。声が可愛い。こういう声、聞いたことなかった。志岐がAVで出す声は、嘘っぽい声ばかりだったから。演技下手だからなあと、こんなときなのに微笑ましく思う。 「あ、あ、やぁっ」  バシャバシャと水が跳ねる。椿が動くたび、志岐の中にも湯が入るようで、喘ぎ声を上げる間に「熱い熱い」と繰り返していた。  熱い……志岐の中、熱い。気持ちい。  そのうち、志岐が自分の屹立に手を掛けたのに気づいた。  ああそうか。両方弄ってやれば、もっと志岐も気持ち良くなれるのか。  志岐の手をやんわりとどけ、椿の手が志岐のものを包み込む。 「両方、あぅっ、気持ちいっ」  志岐の興奮が大きくなって、椿の下腹部に擦り付けられる。張り詰めたそれは、擦らなくても今にも爆ぜてしまいそうだった。締め付けがきつくなって、椿も快感に頭がぼうっとしてくる。  志岐に気持ちよくなって欲しい。志岐、志岐…… 「志岐、キス、できる?」 「ぁ、んぅ」  強請ると、志岐は椿に覆いかぶさるようにキスを落としてくれた。腰の動きをお互い止めることもできなくて、口唇を上手く合わせられないことにもどかしさを感じながら、何度も口付ける。はあはあと、苦しそうに息をしているのに、それでも志岐は椿の口唇を求めてくれる。  嬉しかった。求められること、それに応えられることが。  前を扱く手を早めると、志岐が天井を仰いだ。白い首筋がよく見えて、椿はごくりを唾を飲み込んだ。喘ぐたびに震える喉。快感に翻弄される志岐は酷く、椿の欲を煽った。その首筋に噛み付くようにキスをした。 「つば、き……! あぁ、イキそ、イク……!」 「いいよ、俺も……っ」  ビクビクと志岐が痙攣する。あ、あ、と泣いているような声が聞こえた。快感の波の中で、志岐の声がどこか遠くに感じる。それが切なく感じて、その存在を確かめるように、椿は志岐を強く抱き寄せた。志岐も同じなのか、椿の背中に手を回してぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる。  そんな風に互いの存在を確かめながら、精を吐き出した──。

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