88 / 93

最終章 七

「……っ」  いつのまに潤滑液を出していたのだろう。風呂に入ってる間にすぐ取り出せるように置いておいたのかなと思った。  そうやって気を逸らしながら、志岐の指を受け入れる。痛くはなかった。さっき中を自分で洗ったから、少し解れたのだろう。  椿は目の前にある志岐のものを再び咥えようとするが、椿に跨っていた志岐が降りていき、叶わない。志岐は椿の大腿の間に座る。 「椿、辛かったら言って」  そう言って、志岐は潤滑液を椿の股間に垂らした。椿は促され、膝を曲げて足を広げる。再び志岐の指が挿入される。先ほどよりもゆっくりと、椿の中の感触を確かめるように奥に進めてくる。 「……ん……っ」 「椿の中、熱い……」  志岐がいつもしてるように、口ではあはあと息を吐いて力を抜こうとするが、上手くいかない。どうしても締めつけてしまう。一本しか入っていないのに。 「ごめ、志岐……っ」 「最初はこんなもんだよ。椿が最初から俺みたいにガバガバだったら嫌だ」  志岐は苦笑した。  最初。志岐も苦しかったのかなと想像する。同じ痛みだったとしても、好きな奴に開かれる痛みを味わう自分は、心は満たされてる。だから、平気だ。平気だから、そんな申し訳ないような顔すんな。きっとお前が感じた痛みの百分の一も感じてねえよ。  そう伝えたいのに、椿は力を抜くことに必死で言葉にできない。  志岐は辛抱強く時間をかけて椿の後ろを解していった。潤滑液を垂らした前も擦られた。普段と違うぬるつきを利用して扱かれて、後ろに指を挿れられながらも完全に勃った。  最初は圧迫感しか感じていなかったのに、粘膜を擦られる感覚が、熱く、わずかに快感を伴ってきて焦った。 「や、ぁっ」  腹の方に指を曲げられたとき、我慢できずに嬌声が漏れた。 「椿のいいとこ、ここだね。どう? 最初はやっぱまだ変な感じ?」 「変……っ、変、あぁっ」 「はは、可愛いー」  気持ち良いのかわからない、ただ刺激の強い我慢できない感覚に恐怖を覚え、椿が手を彷徨わせると志岐が握ってくれた。冷たかった志岐の手が、いつの間にか熱くなっている。潤滑液と椿の先走りで濡れている。 「今の椿、撮っときたいな」 「変なこというな……っ」 「だって最高に可愛いよ。ああ俺、今になってAV見る気持ちわかった。変態だったのかなあ。椿を撮っておきたいよ」  普段言葉数が多い方ではない志岐が、へらへらと話す。見れば志岐のものも腹に着くくらい勃起して、先走りを出してる。  触ってねえのに。俺を触って興奮してんのか。 「志岐が、見たいときは、いつでも生で見せてやるよ……っ」  椿が煽るように言うと、志岐は目を丸くしたあと、目一杯の笑顔を浮かべる。 「何それ。離れていこうとしてるくせに、可笑しい奴」 「志岐に、呼ばれたら、いつでも行くから、ぁっ」  人が話してるときに指を動かすな、と睨むが、志岐は楽しそうに笑ったままだ。 「ヤバイね。俺も雄だったんだね。すごい興奮する。椿の中入りたい」  志岐は雄だったと言うが、隠さずに欲を滲ませる表情は、椿には可愛く見えた。 「挿れてい、んっ」  指を挿れたまま、志岐は椿にキスをする。身体を密着させ、腹で椿の勃起したものが擦られる。志岐も自分のものを椿の腹に擦り寄せた。 「ん、んく、あぁっ、イっちまうから……っ」  キスも、擦られんのも、中も、気持ちよくてドロドロに溶けそう。ああなんだ? 俺素質あるわけ? なんか桜田と志岐にも、前言われた気がする。  思考が定まらないまま、椿は志岐から与えられる感覚に身を委ねた。くちゅくちゅと唾液を含んだキス、ぐちゃぐちゃと淫靡な音を立てる下半身に、耳まで犯されているように感じた。 「椿、挿れるよ……」  その声に、椿はどうしても震えてしまう。やはり少しは、恐怖があるから。 「痛かったらやめるからね」  優しい志岐の声に、震えはすぐにおさまる。コンドームのパッケージを開けようとする志岐の手首を掴んだ。 「椿?」 「んと、生で、頼む。ちゃんと、洗ったから……駄目か?」 「駄目じゃないけど……」  けど、の続きを言わせないように、椿は起き上がる。 「志岐、俺が自分で挿れてもいい?」 「え……できる?」 「うん……多分」  志岐を寝かせて、椿はその上に跨る。志岐の勃起したものの根本を持つ。ゆっくりと腰を落としていく。潤滑液をたっぷりと纏った志岐の先端が後孔に触れ、椿はごくりと息を呑んだ。 「ん、ぁ、はぁっ」 「椿……っ、焦んな、ゆっくりでいいから、……ぅあ」 「はぁ、はぁ、しき……っ」 「痛い…? っ、大丈夫?」 「へ、いき、……あぁっ」  太いところが入ると、そこから先はスムーズに進む。痛さと、圧迫感。いつも自分が志岐に挿れているくせに、自分の同じところが志岐のみたいに広がってるとは、ちょっと信じられなかった。  根本近くまで咥え込み、椿は感嘆の声を漏らした。 「こん、な、奥まで入んだ……っ」 「椿……っ、そんな、奥まで挿れなくていいよ、キツイだろ……? 浅いとこのが、気持ちい、よ、さっき俺が触ってたとこ……っ」  志岐が浅いところ……先程椿が快感を覚えたところを突こうとしてくれる。それを首を振って止めた。 「あ、まだ、動くと辛いっ?」 「ちが、んんっ」  志岐の胸に着いた手が、震える。  ああ、俺の中が志岐でいっぱいになってる。キツイ。苦しい。志岐も、狭くて苦しいだろう。眉を寄せている。でも志岐が今、俺の中にいる。志岐を、身体の中に挿れてる。それは、とても── 「奥、奥がいい……ぁっ」 「椿?」 「奥まで、挿れててっ」  少しでも、身体の中心近くで志岐を感じたい。奥まで志岐を咥えていたいと思った。こんなことを思うなんて、おかしいとはわかっている。 「椿……、ねえ、椿」 「……っ」  泣くほどの痛みじゃなかった。苦しみじゃなかった。なのになんで、涙が出てくるのだろう。なんでこんなときに、志岐と離れることの寂しさを、感じるんだろう。そもそも、自分が提案していることなのに。離れると言ったって、会わなくなることなんて椿も考えていない。少しの間マネージャーではなくなるだけ。生活を別にするだけ。なのに。  顔が上げられなかった。辛いから泣いていると志岐に思ってほしくなくて。  なんでこんなに女々しいんだよと、心の中で悪態を吐く。笑って気持ちいいって言ってやれよ。また志岐が心配するじゃん。 「椿」  志岐が、上体を少し起き上がらせて、椿に手を伸ばす。それに従って、椿は志岐の上に倒れこんだ。 「ごめん、な……っ」  志岐の上で、両手で顔を隠して嗚咽を漏らす。自分でも何に謝ってるのかわからないまま、ごめんと繰り返した。志岐はそんな椿を落ち着けるように、背中を撫でる。  自分の中をいっぱいにする熱いもの、志岐の温かい手、感じる胸の鼓動。すべてが椿を泣かせる。志岐を感じていることが、嬉しくて、愛しくて、切なくて。 「俺も椿の中に入れて、嬉しくて泣きそうだよ」  志岐の言葉に、椿は頭を上げる。  同じことを、志岐も思っていた……? 「俺も、一緒だもん。椿に挿れられてるときいつも泣くのは、そういうこと。自分の中が、椿でいっぱいになってんのが、嬉しくて、涙が止まんないんだよ。……そういう涙じゃない?」  うん。そう。同じだよ。じゃあ志岐も。 「……志岐も、嬉しい? 志岐の中に挿れてるとき、きゅうって締められんのが、放したくないって言われてるみたいで、嬉しくて、いつも……っ」 「うん。一緒。今俺も、そういう気持ち。椿がぎゅって締めてくんのが、すっごい嬉しい……」  一緒にいると二人とも泣いてばかりだと思った。  二人して泣きながら笑って、そして、志岐をぎゅっと締め付けて、椿は腰を動かした。喘ぐ志岐が可愛いくて仕方がなかった。同じように、腰をへこへこと動かす椿を、志岐は可愛いと言った。 「志岐……っ、イケる? ぁんっ」 「ん、気持ちいっ、あぁっ」  そうして喘ぎながらも、志岐は時折腰を突き上げる。そのたびに椿はガクガクと身体を震わせて、快感に堪えた。  どうにも力が入らなくなっていき、動きが鈍くなる椿の手を、志岐が取る。何をするのかと思えば、椿の、たらたらと先走りを流し続けるものを握らせた。促されるまま、志岐を後ろで飲み込みながら自分のものを扱く。 「可愛い、椿、可愛いっ」 「あ、あ、んぁっ」  志岐がたびたび自分の自慰を見たがり、それに興奮してるのだろうなということは、椿もわかっていた。だから身体を起こし、志岐に見えるように扱く手を激しく上下させた。 「んぁ、イク……っ、椿、イクっ」 「はぁ、は、ぁんっ」 「あ、あぁー……っ」  志岐が中に吐精した。熱い飛沫を粘膜に感じ、椿は胸がいっぱいになる。  志岐はビクビクと身体を痙攣させ、短く声を漏らす。椿は射精をさらに促すように、力を込めて締めつけた。

ともだちにシェアしよう!