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最終章 八
「あ、あ、椿ぃ……っ」
跳ねる志岐の身体を抱きしめながら、椿は志岐にキスを落とす。待っていたとばかりに舌を絡ませる志岐が愛しかった。切実に、自分が求められていることを感じた。
名残惜しさを感じながら、椿は志岐の上から身体を動かし、横に転がった。熱い志岐のものが出ていくのが、寂しい。
「椿、大丈夫……?」
「ん、思ってたより、平気だった」
へらっと笑うと、志岐も安心したように微笑んだ。汗で額に張り付く髪をかき上げてくれる。
「すごく気持ちよかった」
「そりゃよかった」
余韻に浸りながらも、椿はまだ吐精していない自分の熱を持て余す。それに志岐も気がついたのだろう。手を、自分の後孔へと伸ばす。
「俺も、洗ってきたから挿れていいよ」
「いいの?」
「うん。やっぱ、椿に挿れてもらうのも好きだから」
自らの後孔を二本の指で開き、志岐は膝を曲げて足を開く。
椿は潤滑液を志岐の下腹部に出し、それで欲を吐き出したばかりの志岐のものを一撫でしてから、志岐が開いている後孔に手を移動させた。すでに志岐の指を受け入れているそこは、椿の指も容易に受け入れた。中へ中へと誘われるように粘膜が動く。
「ん……っ、風呂で結構解したから、そんな丁寧にしなくていいよ」
「お前、俺に挿れるつもりだったんだろ?」
「でも挿れてもらうつもりでもあったよ」
志岐はクスッといたずらっぽく笑った。志岐は適当でいいなんて言うが、それは椿が嫌で、志岐が「もういい加減挿れて」と言うまで解した。
志岐が膝の裏に手を入れて下肢を抱え上げる。腰が浮いて後孔が丸見えになる。それに自分のものを充てがおうとした椿は、たらりと大腿を伝うものに気がついた。
「……っ」
「どうしたの? 椿」
「ん、志岐のが……」
少し力を入れれば、先ほど志岐が椿の中に出したものが、とろりとろりと出てくる。
志岐は目を丸くして、それから少し顔を赤くした。
「ごめん……あとで一緒に洗お。椿も中出しして」
「はは、可笑しいな。二人して中出しして一緒に洗うのかよ」
「ほんと、うん。可笑しいね」
笑いながら、ゆっくり志岐の中に入っていく。
「ん、ぁ、んんっ」
熱い志岐の中。志岐は浅いところが好きだ。もうわかる、志岐の好きなところ。椿がそこを突くと、志岐は高い嬌声を上げる。
「やぁん!」
「ぁ、志岐、志岐……っ」
「気持ちい、椿っ」
志岐の、さっきまで椿の中に入っていたものを扱く。そうしながら、志岐の良いところを何度も突いた。
「あ、あ、待って、やぁっ、俺だけ、またイク……!」
イキそうなら、イってほしい。何度でも気持ちいい思いをしてほしくて抽挿を早めると、志岐が本気で嫌がって泣き出すものだから、椿は深く埋めて腰を打ち付けるのを止めた。
「どうした……? イキたくない?」
「俺だけ、何度もは、やだ……っ」
志岐だけじゃねえのにと苦笑する。俺だって気持ちよくて仕方がない。腰に足を巻き付けて、腕も目一杯力を入れて椿を抱きしめて、離さないように必死になる志岐が愛しくてしょうがない。気持ちよくなってほしくて、甘い声が聞きたくて、しょうがない。
「ゆっくり、するから……な?」
椿がそう言ってキスをすると、志岐は嬉しそうに微笑んで、足の力を緩めた。ゆっくりと抽挿を再開して、キスをしながら志岐の胸の尖りを指で弄る。薄い色をしていたそれが、赤く熟れていく。
「ん、んぁ」
ゆっくりとした律動が今度はもどかしいのか、志岐がねだるように腰を動かす。それに合わせて、少しずつ動きをまた早めていく。
「あ、椿、やぁ……っ」
「俺も一緒にイクから……っ、く、ぁ」
「あぁー……っ」
志岐が再び達するのと同時に、椿も吐精した。
ぐったりと志岐の上に覆いかぶさると、志岐は椿を抱きしめて肩を舐めた。柔らかい感触がくすぐったくて、笑う。
せっかく繋がって一つになれたと感じても、こうして離れて別の個体に戻らなくてはならない。それが、切なかった。志岐が鼻水を啜る音が聞こえたから、志岐も同じ気持ちなのかもしれないと思った。
一緒にシャワーを浴びて身体を綺麗にする頃には疲労困憊で、浴室から出てきてすぐにベッドに倒れこんだ。そんな自分たちが可笑しくてまた笑いながら、抱き合って眠った。
◇
──朝を迎えて、目が覚めた。昨日カーテンを閉め忘れて眠ったのに寝室は暗く、天気が悪いのだとわかった。隣にあるはずの温もりがなくて、不思議に思って起き上がる。
雨の音が、静かに聞こえていた。
素っ裸で眠っていたことに苦笑して、適当に服を身につける。そして志岐を探して寝室を出た。
志岐はリビングの窓際に椅子を持って行って、膝を抱えて座っていた。
「おはよ、椿」
「うん。早いな。いつも俺が起こすまで起きられないのに」
「そんな早くないよ。椿がいつもより遅いんだよ。昨日慣れないことしたから、身体が疲れてんだ。大丈夫?」
「うーん、まあ、ちっとケツと腰は痛いけどな」
ちょっと今日は外出を控えたい程度だ。歩き方が変になりそうだから。桜田や相馬に見られたりしたら厄介そう。
「なんでそんなとこいんの?」
いつもと違う志岐の行動に、椿は首を傾げる。
服も着ないで、きっとぐちゃぐちゃになって放っておいたであろうシーツを身に纏っている。それだけでは寒いだろうに。
どうして俺を見て、儚げに微笑むのだろう。
「昨日椿が言ったこと、ずっと一人で考えてたんだ」
「うん……」
まだ雨が降っているのに、先程よりもどこか明るく感じる窓の外。もうすぐ雨が止むのかもしれない。
「雨の音を聴きながら、考えてた。それでね、思ったよ」
志岐は、笑みを深くする 。
「昨日言われたことは、幸せなことだって。椿が俺と長く一緒にいるために、すごく考えてくれたことだって。自惚れてもいいなら、椿を俺が、前へ進めるように、後押しできたのかなって」
「長く、じゃない。死ぬまで、一生だよ。それに自惚れじゃない。お前が俺に、上を向かせるんだ」
「うん」
志岐は窓の外、空を見上げる。
「一つさ、約束して」
「何?」
「俺は納得いくとこまで頑張ったら、母さんに会いに行く。だから椿も、頑張ったら家族に会いに行って」
志岐に、家族の話をしたことはほとんどなかった。ヤンキー時代の話をしたときに家族構成を少し話した程度だ。
「俺は、さ、なんつーか、もう帰ってくんなって言われてるしさ」
「俺と同じくらい強くなりたいんだろ? 俺と同じくらい努力すんだろ? だったら、家族からも逃げんな」
静かな強い光が宿る瞳。まっすぐな眼差しを向けられる。
志岐はなんでこんなに強いんだろう。
強気なことを言いながらも、泣きそうに唇が震えている。
知ってる。志岐は強いけど、それは弱さや恐怖を知らないからじゃない。志岐の弱さも、椿は見てきた。強がって、その強がりを本当にしようと、志岐はいつも努力している。
「うん。逃げない」
憧れているだけじゃ駄目だと思うから。志岐と肩を並べるために、自分も努力すると決心する。
「もう一つ、これはお願いなんだけど」
「何?」
「天音って、呼んで」
どきりとした。
天音と、呼ぼうと思わなかったわけじゃない。付き合っているのだし、名前で呼んだ方がいいかなと、何度も思った。でも、自分は名前で呼ぶなと言っているのに、それはあまりに図々しくて、言えなかった。
「いいの?」
「俺も椿のこと、いずれ由人って呼ばせてもらうから。桜田なんか、俺がいい男紹介してすぐ椿以外の恋人作ってやるし」
勇ましく笑う志岐を見て、椿も笑う。
うん。
呼びたかったよ、ほんとは。だってその名前、お前に似合いすぎる名前だから。
「天音」
「はい」
「天音」
「なあに?」
「天音、歌って?」
──大好きな声が、聴こえ始める。
光が差し始めた窓際で、囁くように歌う天音に、椿は目を細める。
歌声は、まるで天から降る雨のよう。すっと心に降り立って、癒して潤いを与える。椿に顔を上げさせて、澄んだ夜空を、眩しい青空を、見せてくれる。
それはきっと、天の音。
最終章 終
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