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エピローグ

 夕立ちに全身ずぶ濡れになった天音は、事務所の入り口で服を絞ってみた。そんなことをしても、下着まで濡れているから気休めにしかならないとはわかっていたが。  夏の終わりを感じる九月。じっとりした空気が、いつの間にか秋の爽やかな風に変わっていることに気がついて、約束の時間まで、新しく場所を移した事務所の周りをふらふら散歩していたのが間違いだった。  いや、そもそもあいつが車で家まで迎えに来てくれればよかったんだ。それを、わざわざ呼び出しやがって。  そんな風に苛立つふりをしながら、天音は口元が緩むのを隠せない。  まったく、どれだけ待たせたと思ってるんだよ、あいつは。  椿に変わって相馬と若林がマネージャーになって早数年。椿がマネージャーをしていた期間よりずっと長くなった。  頻繁に会ってはいたけど、天音にはよくわからない勉強をしていた椿は、少しだけ老けた。今年でいくつだっけと、首を傾げる。学校通うの恥ずかしー、なんて言っていたけど、確かに、いくら童顔な椿でも、学生を名乗るのには違和感が出てきていた。  そんな椿のことを思い出して、天音はますます頬を緩める。  自分の数年と椿の数年。重ならない時間は、意味のあるものだったろうか。確かにそうと言える部分もあれば、それが現れるのはこれからだと言える部分もあると思っている。  それでも今は、再びともにできる時間を、喜んでいよう。  自分を手離したのは癪だから、笑顔でドアを開けてなんかやらないと決めているけど。  ──椿がマネージャーになったと聞かされた日、天音はドアを開けて早々に椿を睨んだ。  目が悪いのもあるけれど、事務所の扉を開けてすぐ、そこに座っているのが椿だとわかったからだった。  自分が演じていた馬鹿みたいに笑って歌うお気楽で幸せそうな歌手、Ameを好きだとか言う馬鹿。それも、顔も好みだなんて愚かにもほどがある。  そう思っていたから。  目が合ったあのときも、なんだこのヤンキーと、そんなことを思っていた。運命的なものなんて、何も感じなかった。  なんて言ったら椿、残念がるかな。でも椿だって、あとから思えばって感じだろう? あのとき、俺と付き合うことになるなんて、思ってなかっただろ?  思ってなかったのに、どうしようもなく惹かれたんだよ。  今も、変わらず。  ──さあ、このドアを開けたら思いきり睨みつけてやる。  そして自分を離していたこと、今日迎えにこなかったことを後悔させてやると、不敵に笑う。  待ってろよ、由人。  「それはきっと、天の音。」  終

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