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第5話
それからすぐ俺は自分を変えるために、伸びきった黒髪をバッサリ切り茶色に染めて、耳にピアスをあけた
全てはあの人みたいになるために
喋り方もできるだけあの人っぽくなるように
あの人のように明るく笑えるように
アイツに喋りかけられてるのを想像して俺は
【ナナミ】を造り上げた
そんなことをしても本物のあの人になれるわけないし、アイツも俺のことを知ってくれるわけでも好きになってくれるわけでもないのに
でもそれはほんとに偶然で、運命じゃないのかなんて思ってしまうほどだった
あの人みたいになりたいと思って美容室に行ったり服を買ったりして金欠になってしまった俺は大学の近くのカフェでバイトをすることになったんだけど
「あれ?もしかして君、同じ大学の子?初めまして、 知ってるかもしれないけど俺、西谷輝、一応ここのバイトリーダーだから、よろしく」
まさかのバイト先が一緒だった
近くで見る西谷輝は遠くでみるよりも当たり前にかっこよくて輝いてて
もし話しかけられたらこういう対応をしようとか思って考えたセリフさえも出てこない
だって、まさかほんとにこんな展開になるなんて思わなかったし
しかも、俺のこと認知してたとか、パン事件のことは流石に覚えてなかったけど嬉しい
だいぶパニックに陥ってた俺はアイツが話しかけてくれたのにすぐに返答できなくて
「おーい?聞いてる?」
「え!あ、きいてますよ〜!もちろん知ってますし!てか、西谷先輩も俺のことを知っててくれたんですね!」
痺れを切らしたアイツから話しかけてきて我にかえって緊張しながらも明るく聞いてみた、変な聞き方じゃなかったよね?てか、聞いてよかったかな?なんて内心ドキドキしてる
「名前までは知らねーけど、お前見た目目立つしな〜、それにちょっと俺の知り合いに似てるんだわ」
「そうなんですか〜?でも先輩ほどじゃないですよ〜」
名前までは知らないってまあ、そうだよね
しかもその似てる知り合いって絶対名波さんのことだよね?
え、俺、イメチェンして成功ってこと?
「てか、名前聞いていい?下の名前で呼ばせて」
ドキッとした、名前で呼んでくれるの?
でも俺の名前を聞いたらきっと西谷輝はやっぱり名字で呼ぶとかいいそうだ
「俺、大塚七海っていいます」
名前を聞いたとき、わずかにアイツの目が開いたのを見逃さなかった
そして小声で、ナナミといったのも聞き逃さなかった
ああ、辛いなって思いながらそれを見なかったふりをしてすぐにアイツに話しかける
「そういえば、西谷先輩のお友達にも名波さんっていますよね〜?」
「あぁ、あいつは名字だけどな」
「じゃあ、被っちゃうんで俺のことは名字で」
呼んでください、と言おうとしたけどアイツが言葉を被せてきて
「いや、お前のこともナナミって呼ぶわ、下の名前で呼ぶって言っただろ?よろしくな、ナナミ」
これが初めて【俺の】名前を言ってくれた瞬間だった、いや、俺を通してあの人の名前を呼んでるのかもしれない
薄々、この時からあの人と俺を重ねようとしてるんじゃないかと思ったけどそれを俺は望んだから
心がズキリと痛いけれどそれを気づかないふりをして
「わかりました〜、これからよろしくお願いします!西谷先輩〜!」
アイツが想っているあの人を演じた
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