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――羅生の鬼  内裏(だいり)にいる武官、検非違使(けびいし)たちは警戒せねばならなかった。ことに兵部(ひょうぶ)省の「宮中護衛兵隊」の武官たちは己の命をなげてでも宮中の、やんごとなき方を護らなければならない。 「羅生の鬼はとうに消えたのではないのですか。」  宮中護衛兵隊第弐隊長で右大臣の息子・滝原(たきはらの)靖久(やすひさ)は隣を歩く者に呟いた。靖久の問い掛けに其の人は気の抜ける応答しかしない。 「そうだなぁ、消えたよなぁ。」 「…ええ、消えたはずです。」 「だが今回の鬼は、やみくもな殺生(せっしょう)はしねぇって話だぜ。」  「ふわあ」と呑気に欠伸(アクビ)をし其の人は一度牛車の横についた。  宮中護衛兵隊の武官たちは一目で分かる服装だった。まるで虚無僧のような墨衣(すみごろも)、下半身も卑しい身分の者が纏うように簡素な細い作り、冠も直垂(ひたたれ)のそれと近い萎烏帽子(なええぼし)、まさに貴族とは程遠い格好。そんなおどろおどろしい列を為し牛車を囲んで朱雀大路の真ん中を進む。 (あの総隊長、鬼について何か掴んでおるはず…)  再び靖久の隣を歩き出した幼い女子にも見える(よわい)十三の少年、この者こそ、宮中護衛兵隊総隊長(従四位)・弥生の君(ヤヨイノキミ)。ふた月ほど前に、靖久の叔父であった前総隊長の滝原氏を大勢の隊員の前で惨殺し総隊長の座を奪った男。故に靖久は弥生の君に対して嫌悪を抱いておった。    牛車の中に忍びあらせられるのは春宮(とうぐう)。気が触れておられる、等と右大臣に奏し給われた。山奥にある「龍王寺」にて祈祷をと、道中の春宮の護衛を総隊長と靖久の第弐隊が命ぜられた。 「靖久、さっきの鬼の話だけどよぉ。」  弥生の君は東の果ての武家の出らしく、春宮付きの文官である菅原(すがわら)家が後ろについておるが、非常に粗雑な振る舞いが目立つ。其れも靖久の神経を逆撫でる。 「伝え聞いた話だと、どっかの誰かが使ってる刺客かもしれねぇよ。」 「…それは。」 「誰かの代わりに手を下す…最近では僧兵どもの中に忍んでいると聞いた。消えた鬼は物取りで貴族であれば誰彼構わず尸の山を築いていたが、今回はそうじゃねぇ。だから気をつけろ。」  弥生の君が見据えた先には、(みやこ)の界である羅生門がそこまで迫っておった。靖久は唾を飲み込む。 「我らの春宮は、気が触れてるとか叩かれまくって敵も多いんだ、よっ!」  弥生の君の動きは、人を超えておった。  春宮から直々に賜ったという漆黒の刀を腰から抜いて、門の前に佇んでいた虚無僧と立ち回る。否、虚無僧とは格好が違う。深編笠ではなく(くし)を隠すよう粗末な麻衣(あさぎぬ)を被り眼は(しか)と敵を捉えている。其の眼は澄んだ(はなだ)色に近い。  見惚れそうになったが「靖久ぁ!」と弥生の君にわめかれ靖久も抜刀する。 「牛車を囲め!」  靖久は隊員に命じ、己は弥生の君とおそらく“刺客”を挟撃する。粗末な格好の割に刺客の携える刀はうつくしい。先刻、弥生の君が話した「誰かの代わり」というのは間違いではないのだと靖久は確信した。 「おかしな眼ぇしてんな。俺も人のこと言えねーけど。」 「…………()ね。」  そっと呟く篭った声から、今、殺めようとす鬼の顔をする総隊長と変わらぬ若い齢だと推測した。幼きものを斬ることに靖久はおくれるが、弥生の君は誰彼と情けは皆無、直ぐさま斬りかかる。  靖久は圧倒され動けずにいた。双方、互角の殺し合い。第弐隊の男たち全てでかかっても敵わない弥生の君と対等の刺客。唯、刺客の狙いは。 「ざーん、ねん。」  春宮に刃を定めた隙に、刺客は弥生の君に刀を持つ右肩を斬られた。其の瞬間の弥生の君の眼は、鬼。刺客は怖気て逃げた。 「靖久!追え!」 「はっ!」  羅生門を潜った刺客を靖久は追った。  弥生の君は惑った隊列を並べ、再び牛車を進ませる。 「弥生。」 「あ?」 「あれが“羅生の鬼”か?」 「だな。」 「生温いな。貴様に比べたら。」 「うるせぇよ、春宮様(お前)は黙っとけ。」

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