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 血の跡は川の方向へ点々と。靖久は其れを追った。  羅生門を一歩出ただけで、景色は全て変わった。腐臭も漂う、(むし)も舞う、骨と皮だけの(いや)しい人が恨めしそうに靖久を見すえる。鼻と口を手で覆いながらこの荒地を進んでいく。川の匂いと音を捉えて靖久はそろそろ見失うだろうと諦めかけた。そうであって欲しかった。 「くそっ!悪鬼め!」  靖久の心の臓が跳ねる。きこえた幼き声は追いかけた獲物と同じ。汚らしい川の水で血を清めておった人がまさに獲物。 其の人は血に濡れた衣を脱ぐ。現れたのは金色の髪。靖久は目を奪われた。澄んだ縹色の眼と金色に輝く髪、雪のように白い首筋、鮮血に染まる右腕。格好からして僧侶若しくは僧兵。 靖久が揺らした草木と砂利の音をとらえた刺客は直ぐに短刀を構えた。 「待ちなされ。私は貴様を殺める腹は無い。」 「黙れ!あの総隊長が仕留めろと命じたのは分かってる!」 「しかし何もせぬ!静まってくれ!」  まるで人間に怯える獣の如く威嚇するが、靖久が一歩一歩と近くに歩むと段々構えを解いていった。手を伸ばせば届く距離まで刺客に詰めるとたらりと血が滴る右腕をそっと取る。 「な、に…貴様、穢れるぞ!」 「私は春宮をお護りする為、数多の血に触れておる。今更貴様の滴る血なぞで穢れはせぬわ。」  めずらしき墨衣(すみごろも)の袖を喰い引き裂く。刀と共に腰に提げた小さき麻袋から護衛兵隊が与えられている「薬丸(くすだま)」を出し、川の水で湿らせれば、其れを刺客の傷口に充てがう。墨衣の引き裂いた布で上から縛る。 「……こんなことして、貴様…いいのか?」 「刺客は、己より他人(ひと)(おぼ)ゆのか…あらぬことよ。」  揶揄された刺客…おそらく「羅生の鬼」は白き肌が紅く染める。靖久の触れる肌が妙に熱い。手当てされた傷口は熱で疼く。 「かたじけない…。」 「(しば)しこのままで動かさぬようにな…。」  靖久が微笑む顔をふいに見てしまう刺客は先刻の弥生との死闘がうそのように動きが間怠(まだる)しくなる。刺客は靖久の纏う衣をよく見る。 「宮中護衛兵隊第弐隊、か…。」 「…あ、あぁ…なぜわかった?」 「冷泉院に(おわ)す春宮を護っておった、そして其の墨衣に似たようにあしらわれためずらしきつくりの衣、首に下げてる紋章は玄武…見ればわかる。」 「そうか……では貴様は何者だ?」  尋ね返された刺客の目は憂いを含むように、長い(まつげ)を下に向けた。少し切れた口角を己を嘲笑うように上げ、唇を動かした。 「貴様らの()う、羅生の鬼である。」  そう名のれば靖久は恐れおののくと刺客は思った。しかしながら靖久は「そうか」とこぼして笑う。 「まことの名は、なんと申すか?」 「…其れ、は……。」 「私は滝原靖久、靖久と呼べ。」 「………靖久…と申すのか…。」  躊躇う刺客の金色のざんばらに切られて肩までに伸びただけの髪を靖久は麻袋に仕舞っておった朱色の紐で束ねた。其の優しさ、気が近くなったような。 「せい…じょう……。」  此のとき、刺客…青成(せいじょう)の声から殺意、敵意はまるでなかった。只、名乗れたことに安堵した美しい少年であった。 「靖久、は、変だ…俺が気色悪くないのか?俺は生まれた時からこの様な(くし)で目も周りとは違う。皆、俺を忌み嫌う、近づかぬ。」  不安げな声で靖久の目を見ずに青成は更々憂う。その青成に返されたものは、靖久の少し冷えた手の温度。青成の輪郭に触れておった。 「私は其方(そなた)が愛おしいと感じておる。また、会いたいと思うておる。」  靖久は青成にわけなく惹かれていた。

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