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 春宮の牛車はふた晩かけて龍王寺に着き給われた。陽は西に暮れ、風も寒々しくなっておった。春宮は総隊長の弥生の君のみを従われて今は本堂にあらせられる。 「紫雲(しうん)、これはどういうことだ。」  弥生の君は春宮の隣で胡座をかいて対面で正座をしている僧侶に布切れを突き付けた。剃髪(ていはつ)をせずに黒い髪を垂れ束にし宮中護衛兵隊と類似する特異な墨衣を纏う僧侶、紫雲は微笑みを崩さずにそれを受け取ると「あー…」と顔を歪ませた。 「龍の(しるし)ですね。」 「冷泉(こいつ)が春宮になった時に、比叡連山僧兵隊(おまえら)は帝と春宮を守るって固め(*)を結んだんだよな?」  目を凝らさなければ見えぬ、墨衣に墨色の絹糸で龍の紋章が細かくあしらわれていた布切れは、弥生の君が羅生門で刃を交えた刺客から引き千切ったもの。此れは僧兵である証。それも今弥生の君と春宮が対面しておる紫雲も属する「比叡(ひえい)連山僧兵隊」のもの。 「これは春宮への不敬と処されるぞ。」 「それは安からぬことだ。この紫雲、そして総隊長の康黄(こうこう)は冷泉院への忠誠はまことだ。此れを疑うことは我らを(あなづ)る(*)か、弥生の君。」  穏やかでない紫雲の目に弥生の君は少々たじろぐ。すると春宮の重い口が動かれた。 「紫雲、此れは暗殺部隊のものだな。どうせ属してる組みが此処であるだけで、お前やの知らぬ(ところ)で好き勝手に行われてるだけだろう。大方、生臭い坊主がきったねぇやりとりしてんだろうな。」 「はは、さすが賢き男だ、。」 「あ?おい、紫雲、れい、どういうことだよ。」  すっかりと春宮までゆるりとした話し方になり、紫雲と弥生の君も気怠い物言いになる。 「先の住職が三年ほど前に死に、今の住職は左大臣の安原(やすはら)氏と繋がりがある者だ。住職とは名ばかりで仏門の戒律を破り続け安原氏の(もと)で酒池肉林を興じておられる。」  紫雲が説明をしていると、三人以外の足音が近づく。弥生の君は瞬間だけ警戒するがそれはすぐに解いた。三人の元にやってきたのは、金色の髪を垂れ束にした弥生の君と同じ齢くらいの少年だった。 「れいの言う通りだ。正直、俺らも関わりたくねぇ。」 「うわー、それ勤めのじゃねーの、総隊長どの。」 「うるせーよ。だが、れいが標的(まと)にされたのなら、俺も動かねーと極楽浄土からじじいにどやされる。紫雲、直ちに調べろ。」 「御意。」  紫雲は少年に従い直ぐに立ち上がった  金色の髪の少年は臆することなく春宮と対し胡座をかいた。弥生の君は気に入らぬというような顔を彼に向けた。 「帝も病に()してだいぶ経つ。れいの即位に向けて(いさか)いが起こるのは必定。刺客が放たれても何ら不思議でない、だろ?」 「まぁな。そういうことだ弥生。」 「あ?」  春宮は隣にいる弥生の君に目を向ける。 「羅生の鬼、あれを右大臣の嫡子に追わせろ。」 「靖久に?え、俺追えって言っちまったんだけど。」 「大事ない、靖久は稚児と美しきものを殺めることは出来ん阿呆だ。」 「おーおー、弥生ぃ、お前の下僕に好色がいるのかよ。お前の(むざね)(*)が公になったら大事だなぁ。」  侮蔑するように金色の髪の少年は弥生の君を笑う。そして春宮も同調され給う。 「こう、弥生は男と見紛うほどに乳が無い。ましてや十三になっても不浄(*)すら来ぬ。大事ないだろ。」 「おっまえ女子(をなご)として終わってんな!」 「うるせぇ!お前らどっちもあとで覚えてやがれ!ぶっとばす!」  「羅生の鬼を気色(けしき)どり、つまびらかに啓せ。(*)」のような勅命の書が密かに靖久に届いたのは明朝のことであった。 *固め…約束 *侮る…軽蔑する *不浄…生理 *実…正体 *「羅生の鬼の様子を探り、詳しく(春宮に)申し上げろ。」

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