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 勅命を受け三日後の午の刻、靖久は浅葱(あさぎ)色の衣冠(いかん)を纏い宮中内にある護衛兵隊の兵舎に赴いた。 「弥生の君はおられるか。」  舎内の者に尋ねるが「未だお戻りになっておられませぬ」と口々に返ってきた。靖久は急ぎ己の隊に属す(たいらの)若丸(わかまる)を共に付けて春宮の住まい給う冷泉(れいぜい)院に向かう。 「隊長殿、なぜそのようにお急ぎなので御座いますか?」 「急ぎ弥生の君に確かめねばならぬことがあるのだ。御祈祷は一晩で終え、どんなゆるりとしておられても今は(みやこ)におられるはず。」 (私に勅命…しかも青成を探れと?どういう風の吹き回しだ…刃を交え逃したあとは「追え」と…つまりは殺めろと命じられたのに。)  郁芳(いくほう)門を出てすぐにある冷泉院は、春宮が座すというのにひっそりとしておった。春宮が「気が触れておられ給う」と噂されておられる(原因)のひとつがこれである。手入れが行き届いておらぬ寂れた庭園、人の気配もせず、如何にも物の怪が潜んでおられそうな(やしき)である。    春宮は幼き頃、参り物の中に毒を仕込まれた。以来、春宮を見ることが許される者は限られ、今では女官さえこの邸には一人もおらぬ。  冷泉院に参ることが許されておるのは、春宮博(とうぐうはく)菅原(すがわらの)広彦(ひろひこ)と宮中護衛兵隊の総隊長の弥生の君のみである。その他の者は門すら潜ることが出来ない。どうも門に陰陽道のような結界を張られておられるようだった。 「弥生の君!靖久で御座います!急ぎ申し上げたいことがございます!」  門に向かい大声で弥生の君に呼びかける。数分、粗末な直垂(ひたたれ)に似た着物を着崩した弥生の君が気怠そうに靖久の前に来た。 「なんだよ靖久ぁ。俺は二日もまともに寝てねぇんだよ、寝かせろ。」 「ならば私の言問いに答えてから寝てくだされ。」 「どーせ、だろ?……は下がれ。」  弥生の君は靖久の直ぐ後ろについておった若丸を(しか)めた(つら)で見ると、若丸は肩を震わせて「お許しください」と(うべな)い(*)引き退()いた。  若丸の影が見えなくなったところで弥生の君は門の柱にもたれ、腕を組み、靖久は姿勢を正して弥生の君を見据えた。 「書状の通りだ。どうせ逃したか斬ることを思い休らっただろうと春宮も俺もお見通しだ。違うか?」  怠そうな声色と一致せぬ厳しい眼に靖久はだじろいだ。直ぐ様、頭を下げた。 「お許しくださいませ。」 「別にいい、それについては咎めはしねぇ…。お前は知ってるだろうが、帝の容体(ようだい)は日に日に(おとろ)われておられる。いつ崩御されてもおかしくない…で、先の刺客のことだ。は冷泉の玉座を面白く思わぬどこかの家が仕わせた刺客だ。そのを鬼に接近して見つけ出せ。」 「…鬼をそのようなことに利用するのですか。」 「それが(ことわ)り(*)だ。生かしているだけ有難く思えってんだよ。このことが片付いたら次こそ俺が仕留めるんだからな。」  ぞくり、靖久の背筋が凍る。弥生の君の眼は青成とは違う『鬼』か『阿修羅』のようなものをはらんでいた。 「朱雀大路(すざくおおじ)に建つ唐菓子の店の商人(あきびと)には(あつら)って(*)いる。何かを掴むまでそこに住まい鬼に(まみ)え探れ。いいな。」  つまりは今この(とき)から靖久は毎日青成と会って話して、彼を覚えなければならない。  一目で愛おしいと思った美しい青成、靖久はこの勅命を一片だけ嬉しく思えた。 (しかしこのことが…其の間に青成を生かすすべも探さなければ……弥生の君の…餌食に…。)  夕刻、靖久は弥生の君にもらった直垂を身につけ、朱雀大路を早く歩いて羅生門を目指した。 *諾(うべな)い…謝罪する *理(ことわ)り…当然 *誂(あつら)う…頼む

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