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「ん…せ、じょ……。」  青成が寝ていた箇所に腕を下ろすと、畳にぬくもりはなかった。粗末な燈台(とうだい)の火が消え、外はうっすらと明るかった。 「青成…。」  靖久が起き上がり見渡すが、青成の衣、草鞋(わらじ)、刀がなかった。この小屋を出てしまったようだ。 「昨日、仕損じた者の帰京(かえり)を狙っておるのでしょう。」  朝餉を持った凛がそう笑いながら告げて小屋に入ってきた。 「とは言うものの、お帰りになるのは護衛の武官たちだけ…殺害しても(いたづ)らなことで御座いましょうが、冷泉院へのになるでしょう。」 「羅生門を通る藤友卿の使いの者を皆殺める、と。」 「前の鬼は(しかばね)の山を築き、今の鬼は屍を散々に刻む…ああ怖ろしい。」  前の鬼、弥生の君の仕業も、今の鬼である青成の仕業も見ておる凛はどこか愉快な笑みを浮かべた。  盆に載せられた朝餉は(あわ)と菜の粥に、大根の漬物と菽水(しゅくすい)(*)であった。 「頂こう。」  靖久が箸を手にして椀に口をつけた途端、朱雀大路の方向からいくつもの叫びが聞こえる。 「ひ、ひいいいぃ!く、来るな、がぁっ!」 「鬼じゃああぁあ!お、に…」 「あああああああ!斬るなぁああ…だぁ!」  靖久は朝餉を口に入れることなく椀と箸を置いて、声の聞こえる方向へ急ぐ。    羅生門の下には既に血だまりと散々になった尸が九、皆、元の姿(かたち)がわからぬ有り様であった。身につけた武器や衣から昨日の藤友卿の使いの者たちであると靖久は見解(みと)いた。  辺りを見渡すが、この殺害をした青成の影はすでになかった。 「…青成……これが…羅生の鬼……。」  身が震えた。これは(おそ)れなのか、それとも。 「青成様のこの世への憎しみがよくあらわれておる殺害でしょう。」  後ろから凛が(あわ)く話す。靖久はせめてもと、膝をつき尸の眼を閉ざしながら凛の声に耳を傾ける。 「金色の髪に澄んだ青の眼、異なる者と畏れられ蔑まれ、果てに人として示された道は暗杀(アンシャ)のみ…あわれで御座いましょう。この世におる全ての人を、青成様は怨まれております。」 「凛、その言を慎まれよ。」 「なれど(うつつ)で御座いますゆえ。」 「慎まれよ!」  靖久は怒り、凛はやっと口を(つぐ)んだ。 「青成様を探されますか。」 「ああ。」 「ならば門の外で御座いましょう。青成様はいつも(けが)れを川の水で清められておりまする。」  まるで靖久が飛び出すことを計っていたのか、凛は靖久の刀と萎烏帽子を持たせた。 (青成……此れしかないのか、其方の生きるすべは…此のような無慙(むざん)な…。)  靖久は眼を開き、青成を見逃さぬよう探した。  数刻が経ち、検非違使とわずかな宮中護衛兵が尸をよそに運ぶ。兵の中には宮中護衛兵隊総隊長の弥生の君と堂々と金色の髪を晒す比叡連山僧兵隊総隊長の康黄もおった。康黄の容姿に人々は怯え惑う。 「弥生、何で俺はこんなに怯えられているんだ。」 「をやった“羅生の鬼”も金色の(くし)だからだよ。」 「それが、生臭い住職の手先だってか。しっかしこれは…とてつもねぇ瞋恚(しんに)(*)だこと。右大臣様ってここまで恨まれてんのかよ。」 「阿呆、これは春宮(俺たち)へのだ。今の鬼はこうした尸ばかりつくりやがる。」 「尸のお山を築いた鬼のが慈悲深いってか。」 「黙れ毛唐坊主が。」  血の跡を追えば、羅生門の外に続いていた。足形(あしかた)をよく見ればそれは宮中護衛兵のものだとわかる。それは靖久だと弥生の君は察す。 「あと何日もすりゃ、鬼退治だぜ、こう。」 「左大臣の安原家だと明らかにするんだろうが、もう何かあんのか。」 「鬼の方が動いてくれっかもな。なぁ、凛。」  弥生の君は門を見据えたまま、離れたところに立つ凛に声をかけた。凛は袖で口元を隠し、「おほほ」と愉快に笑う。 「れいが受け取られたのですね。」 「ああ。だが、れいは第弐隊の別れも計っている。ったく、(もろ)()いってやつはわずらわしい。」 「ほんに…。」  凛がふたたび笑うと同時に内裏の方から走る武官がおった。 「弥生の君!直ちに内裏に戻られよ!」 「何だ、わずらわしい!」  ――帝が崩御し給われた。  時が、変わる。羅生門の外におるものには聞こえず。

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