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拾壱

 まぐわった身を(きよ)めたのち、穏やかな川の音と蟲の声との静閑な中で靖久は穏やかに問う。 「青成…何故其方(そなた)は刺客になれと命ぜられたのだ。」 「それは、俺が知りたい……覚えがないのだ……住職が死に、喪があけた日、寺のすべてが今の住職の(たなごころ)(うち)だった。俺は寺を追われ、羅生門の前におった…ひとりの貴人(あてびと)が俺に刀を与えて……滝原家を…冷泉院の春宮のそばのものを(あや)めよと……。」  ゆるりと偽り無き言を靖久に云う。ただそれだけで青成はひどく怯え疲るるので靖久に寄り()す。靖久は青成の肩をそっと抱き心地良い青成の哀しき言に耳を向ける。 「俺は(さか)しだつこともできぬ、忌まわしき容姿(かたち)をしておる、されど…今はこうして靖久と共にありたいという欣求(ごんぐ)(*)を持ってしもうた……俺は、俺は……。」 「青成、もうよい……其方は私を置き(どころ)にすれば良い。私がこうして甘してやる…何も背負わずとも、良い。」  震えるいたいけな青成をまた包むように抱きしめつつ、靖久は見解いた。 (左大臣、安原(やすはらの)咲麻呂(さきまろ)……あの下種(げす)下種(げす)しき男よ。弥生の君を通じ春宮に款状(かんじょう)(*)を出さねば。) 「青成……其方は私と共にあるのだ……どんな手を使っても、其方を死なせはせぬ。手放さぬ。」  強く、青成の細い身を抱きしめ、ふたりで空を(あお)いだ。  夜が明ける前に靖久は青成と共に羅生門にたどり着いた。 「靖久…俺は今宵は門の(ろう)に身を隠す。貴様を(ぶっ)そうに巻き込みとうない。」 「しかし…。」 「大事ない…鬼さえ来ぬのなら、貴族の武官なぞ赤子の手を捻るようなものだ…俺も鬼であるから、な。」 「そうか……青成。」  青成の名を呼び、靖久はほほに口を落とした。 「夜が明けたら、此処で……明日もこうして共に歩き、言葉を交わそう。」 「…靖久。」  青成は赤い顔で笑みを浮かべ、もうひとつ、互いを抱き寄せた。  靖久の影が見えなくなり、暫くし、足音もせず禍々しき息差しがする。そのほうを見れば、青成よりもおどろおどろしき“鬼”があった。 「弥生の君……。」 「よぉ、うちの靖久と随分良い仲じゃねぇか。」  下卑た笑みを浮かべて調義の言を投げられ青成は眉をひそめた。 「貴様の(はかりごと)か!俺にこんな心を持たせるために…!」 「いや、貴様らが諸恋いになるとは思わなかったわ、春宮も驚いてたぜ。」 「……う、うるさい!」  青成は背を向けずに下を向いて赤くなる顔を隠した。その一時、喉元に漆黒の刃を突きつけられる。刃をもつ弥生の君の眼は野生の獣のよう。 「帝が崩御した。俺らの護る御方の時となる障りは夜が明くる前に消す。」 *欣求…喜んで願い求めること。 *款状…嘆願書

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