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拾弐

 (あけぼの)、靖久は物気(のもげ)を感じそろり目を覚ます。  外からいくつもの紅い光が灯されておった。恐る恐る近づけば、見慣れた墨衣を纏う人が靖久を囲う。じりじりと靖久に立ちはだかるは、唐服を纏う凛と珍しく烏帽子を被る弥生の君であった。 「凛、弥生の君…これは…。」  などと惑っておると、ふたりは膝をつき、頭を下げた。 「滝原(たきはらの)朝臣(あそみ)靖久(やすひさ)殿、前右大臣殿の仰せにより、閤下(こうか)はこれより右大臣にあらせられます。」  靖久より位の高い弥生の君が何故、靖久を敬うのか。靖久は混乱する。 「………は、何をおっしゃって……。」 「これより帝の仰せより宮中護衛兵隊が靖久殿を貴殿までお護り致します。」 「待ってください、弥生の君!私も宮中護衛兵隊です!それに羅生門の鬼とも接したばかりで未だ何も貴方や春宮に…。」 「慎みなされ靖久殿!」  弥生の君の怒声に靖久も怯み閉口する。 「我らは、宮中護衛兵隊で御座います。」 「……まさか帝が崩御……。」 「(みやこ)におらねば知らぬこと。昨夜のうちに第弐隊の隊長も平若丸になりました。」  靖久は父の言を思い出した。冷泉院の春宮が即位された時、冷泉帝の時が来た時は右大臣につけと。 「これより退は私、弥生の君が打ち継ぎますゆえ、靖久殿はどうか貴殿にお帰りになり内裏にて帝の御身を支えください……凛。」 「はい。」  弥生の君が名を呼ぶと、凛は立ち上がり、他の兵士から包みを受け取ったらばそのまま靖久の前に立つ。 「此方で脱ぎ換えましょう。」  凛に導かれ小屋に戻ると、凛はまるで(やしき)の女官の如く靖久の衣を換えさせた。狗になるための粗末な直垂から、めったに袖を通さない束帯、靖久の父が纏っていたの衣。 「冷泉帝に参られましたら先帝の崩御で()に入られて下さいまし。」 「凛……私は…。」 「靖久殿、青成のことは弥生様と康黄様がもう手を打って御座います。貴方が心を懸けたとて何も出来ませぬ。じきに羅生門から鬼は消えるでしょう。」  何気ない凛の言に靖久は不安になる。 (鬼が消える…()しや……。) 「ならぬ!青成は殺めてはならぬ!弥生の君に款状を…っ!」  そう叫ぶと同時に、靖久は静かに倒れた。  靖久は弥生の君の足元に倒れた。弥生の君は冴え凍るような声で兵に命ず。 「滝原の邸まで運べ。」  靖久は眠るまま、羅生門が離れていく。今日の愛しきものとの逢瀬は叶わぬものになった。

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